お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

9-2.明石城

明石城に行ってきました。

日本100名城(No.58)に選ばれた、兵庫県明石市にあるお城です。

 

JR明石駅から見る明石城の顔、全国的にも貴重なふたつの現存三重櫓です。

駅の北口から出て、明石公園の正面入口へ向かいます。

正面入口右手の土橋と門の石垣です。

よく見ると、門の石垣の東にも水面近くには石垣があります。

入口にある明石公園の石碑は、松の木にハグされています。

明石公園の正面入口であり、明石城三の丸へと入る門跡でもあります。石垣による見事な枡形が残っている…のですが、この日は菊花展覧会が開催されており、テントで正面奥に見えるはずの石垣が隠れてしまっていました。

入口左右の石垣には現在、石灯籠が載っていますが、当時はここに門が建っていたのでしょう。

明石公園の案内板の背後には立派な石垣。そしてその隣には雁木(石段)が低い石垣の上から南・東方向にそれぞれ伸びています。雁木の役割や、当時このあたりにあった建造物が気になるところです。

 

いったん引き返し、お堀沿いを東へ歩きます。

石垣と噴水のコラボレーションです。奥に見える石垣が三の丸の南東隅です。

明石城にはこの外側にも堀があったらしく、ここは中堀にあたるようです。

三の丸の東入口が見えてきました。

こちらも見事な枡形ですが…どこにどの向きで門が建っていたのでしょうか。うーむ。

前の写真で左に見える石垣の脇には石段があります。ごみは持ちカエル。

 

先ほど入りかけた正面入口の方まで戻ります。

武蔵の庭園です。明石城には宮本武蔵が作った庭園がお城の北西部、稲荷曲輪の西側あたりにあったらしく、それを三の丸に再現した庭園だそうです。

庭園内には茶屋があります。坤櫓と一緒に撮影すればかなりEDO気分ではないでしょうか。でも左のパラソルがちょっぴり余計かもしれません。

正面入口を入って左手にある「とき打ち太鼓」です。なにやらロボな雰囲気のSAMURAIが太鼓で時刻を知らせてくれるようです。正面入口の門は「太鼓門」という名称だったようなので、かつては実際に太鼓櫓があったのかもしれません。

正面入口の右手にあるサービスセンターです。100名城スタンプはここで押せます。

 

三の丸東入口付近まで戻ります。

三の丸の東端には、かなりの高さで土塁が続いています。

このあたりは帯曲輪の石垣のようです。

いかにも古そうな石段の奥に、新たに作ったと思われる整った石段が見えます。

奥の石段を上ります。

石段の上、帯曲輪の西方向を撮影しています。

帯曲輪から見た東の丸の石垣です。高い!

石段の上、帯曲輪の東方向を撮影しています。

こちらの坂を上ります。

ここにも石段があります。

石垣の高い壁に囲まれたこの景色! 石垣フェチの明石城超おすすめポイントです。

坂を上りきったところです。左が東の丸、右は出口(門跡)です。

右手にも石段が。明石城の石垣、やたら石段が多いような気がします。

こちらは右へ進んだところ、城外へと通じる虎口です。

外側からです。枡形虎口となっています。

前の写真の手前左側には箱堀があります…が、草木が茂りまくって全然見えません。

ここにも用途不明な雁木らしき石積みが。

 

東の丸へ入ります。

東の丸内部です。単なる公園になっています。「東の丸」という表記も見当たらなかったような…?

東の丸の北側虎口です。

虎口を進んだところの石段を上ってみます。

きれいな枡形が見て取れます。

外側は、高石垣の壁です。

北側虎口を出ると、東に薬研堀が…って逆光まぶしすぎです。

改めて、薬研堀です。当時はもっと北まで伸びていたようです。

 

北側虎口を出たところの道を歩きます。

すぐに、石垣や雁木だったような石の残骸と、その奥に石垣が見えます。

虎口のようです。北の丸へと通じる仕切門の跡でしょうか。

この虎口を抜け、北の丸には行かず、桜堀へと下りていきます。

東の丸~二の丸の高石垣に見とれてしまいます。

左が二の丸、右が本丸です。右の男性と比べれば、石垣の高さが分かるでしょうか。

本丸北東隅の石垣です。この上にはかつて、艮櫓が建っていました。

当時、二の丸と本丸の北側からは入れなかったようですが、今はこのように、石段が設置されています。

石段の途中から二の丸石垣を見ます。隅が高くなっており、いかにも櫓が建っていそうな形状ですが、絵図などを見ても、ここには櫓はなかったようです。むむむ。

後付け石段を上ったところです。正面と左の石垣を見れば、後世の改変だとよく分かります。

 

東の丸に戻ります。

東の丸南東隅です。櫓が建っていたようで、石段と、高くなった石垣が見えます。

石垣の向こうが二の丸ですが、当時この石垣はつながっており、ここから二の丸へは行けなかったようです。

先ほどの場所の北側に、このような虎口があります。当時はここに東の丸と二の丸をつなぐ門があり、北と南の端にはそれぞれ櫓が建っていたようです。

二の丸も、東の丸と同じく、単なる公園となっています。

二の丸にはこのような案内板がありましたが、明石公園としての現在地を示しているだけで、二の丸についての説明は見当たりませんでした。

この通路を渡ると、本丸です。

本丸入口の虎口です。当時は立派な門が建っていたのでしょうか。

虎口のすぐ南に、巽櫓が見えます。

櫓内部が公開中でした。少し時間が早かったけれど、係員の方が入れてくれました。

そして100名城スタンプをここで押させてもらえました。

明石城の古絵図と、十二支による時刻・方位図、そして手書きテイストな明石城絵図です。

巽櫓です。本丸側には窓がなく、のっぺりしています。

古い柱や梁、急な階段が見えます。修理前に使用していた部材が展示してあるようです。

係員の方に教えていただいたおすすめポイントからの撮影です。櫓の中からしか見られない外側の石垣と土塀、そして坤櫓! これは絶景!

本丸もやはり、単なる公園です。かつては多くの城のように、御殿などが建っていたのでしょうか。

ここでようやく、城跡に関する説明板を見つけました。艮櫓跡です。

艮櫓の説明板がもうひとつ。なんと、学校建築用材として解体されたそうです。もったいない!

そしてこちらが乾櫓跡…のはずですが、何故かこちらには説明書きはナシ。うーん?

石段から、櫓台に上ります。

乾櫓台です。南方向に石垣が続いています。

南に伸びる石垣を歩いていると、途中に石段がありました。

さらに石垣の上を歩くと、天守台に到着です。

天守台から見下ろした坤櫓と、その下の石垣です。この高低差!

天守台脇の石段を下ります。

この立派な天守台に、もし天守が建てられていたとしたら。それはきっと、このそびえ立つ大木よりも大きな、美しく見事な天守だったことでしょう。

坤櫓です。こちらは内側にも窓があります。唐破風の上の千鳥破風がチャームポイントです。

この日は巽櫓のみ公開中でしたが、ツアーか何かの人たちが内部観覧をしていました。

北側虎口から、本丸を出ます。

長い坂を下りたところに、このような虎口?があります。

こちらは前の写真の右奥に見えている石垣です。

そしてこちらの右手石垣がふたつ前の写真の左手前に見えている石垣。だいぶ距離が空いているので、それぞれ別々の虎口のものでしょうか。(撤去された石垣があるのかも?)

正面に見える道を進み、稲荷曲輪へ入ります。

石垣の手前に、少し背の低い石垣があります。

ここの石垣は、石がとても綺麗に加工されています。

稲荷曲輪です。やはり、単なる公園です。

この南西隅にも、隅櫓が建っていたようです。

稲荷曲輪と本丸の間にある虎口です。

坤櫓の手前にも、背の低い石垣があります。

こちらは稲荷曲輪の石垣です。手前に犬走りのようなスペースがあります。

そびえ立つ櫓、どっしり広がる石垣。この角度から見上げるの、たまらんです。

ここにも背の低い、まるで後から継ぎ足したかのような石垣が。補強のためでしょうか。

巽櫓も見上げます。漆喰の剥がれが痛々しいですね…。

こちらは二の丸に通じる石段です。

石垣の隅が美しい勾配を描いています。

石段は二の丸から帯曲輪、そしてその下の三の丸までつながっています。

 

三の丸を西へ歩きます。

公園の西入口、三の丸西側の虎口にも立派な枡形が残っています。枡形石垣を壊さずに道路の方を曲げてあるのが良いですね。

西側虎口から外へ出ます。

お堀と石垣さえあれば、もうそれだけで城跡感がすごく出ますよね。

広いお堀です。右手には、移築長屋門が見えます。

 

締めくくりは、現存櫓です。

三の丸からズーム撮影した、巽櫓です。

同じくズーム撮影した坤櫓です。こちらは角度を変えて2枚。

一見同じように見えて、細部が異なり、さらには建っている向きも90度違うという、ふたつの三重櫓。よくぞ今まで、残っていてくれました。

 

2回目の訪問は縄張りを意識しながら広い範囲を見て回り、おおよその構造がつかめたこと、広範囲に石垣が残っているのが分かったことが大きな収穫でした。東西に連なる本丸~二の丸~東の丸の高石垣は実に素晴らしいです。

ただ、城郭遺構に対する説明があまりに乏しく、城郭ファンとしては寂しさを感じてしまいます。「ここに何があった」のかを一言書いてくれるだけで、当時のお城を想像しやすくなるかと思います。

素敵なお城でした。ありがとう。