お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

46.小田原城

小田原城に行ってきました。

日本100名城(No.23)に選ばれた、神奈川県小田原市にあるお城です。

 

※プライバシーに配慮し、一部写真を加工して掲載しています。あしからず。

 

まずは、周辺遺構を見て回ります。

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小田原駅北口から南西に歩くと、八幡曲輪という標柱を見つけました。標柱の背後の、城山中学校を指しているのでしょうか。確かにこの中学校は高台にあり、こちら側は切り立った断崖になっているので、とても曲輪っぽさがあります。そして八幡曲輪という名前からすると、戦国期小田原城の曲輪になるのでしょうか。

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このあたりに三の丸元蔵堀があったそうですが、遺構は大学の下、でしょうか。

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道路沿いに南へ歩くと、天守が見えてきます。

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戦国期小田原城の堀や土塁・堀切などの遺構は付近に点在しているようですが、時間の都合で回れていません。目の前の東曲輪も、上らずに去ってしまいました。後から調べて、大堀切など戦国期小田原城の遺構は素晴らしく見応えがあると知り、大変後悔しています…。

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元蔵の標柱です。側面に説明書きがあるのは嬉しいですね。先ほど見た大学の下敷きになった元蔵堀の元蔵です。

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弁財天曲輪は、三の丸と二の丸の間にある細長い曲輪だったようですが、宅地化などの影響で当時の曲輪の形状は分かりづらくなっています。ぶっとい城址碑がインパクト大です。並べてある石は、小田原城の石垣石でしょうか。

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小田原城の三の丸は、土塁造りだったようです。北側~北東隅の土塁が残っており、説明板の図によると、隅部には櫓が建っていたのでしょうか。

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土塁の西側には、城外から三の丸への出入口である幸田門があったようです。説明板によると、この道路よりもさらに右手側でしょうか。写真左手の木が茂っている所から、三の丸土塁が続いています。

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三の丸にあった、御用所跡です。うーん…説明を読むと、役場の事務方みたいなものだったのでしょうか。

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二の丸東堀の説明板です。こちらの文久図にも、三の丸北東に櫓があります。

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やはりお堀があると、江戸期の城郭っぽさを感じますね。写真左奥の、三の丸から二の丸に架かる赤くて良い雰囲気の橋(学橋)は、当時は無かったようです。先ほどの説明板古写真と比較すると、随分と石垣が低くなってしまったのが分かります。

 

お堀を渡る前に、大手門跡を見に行きます。

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大手門跡です。櫓門の北側石垣のみ残り、そこに鐘楼が建っています。石垣表面には、はつり仕上げっぽい模様が入り、矢穴も見られます。

説明板の宮内庁図を見ると、大手門を通過するにはまず城外から土橋を渡って一旦左折し、冠木門をくぐり枡形虎口へ入り、さらに右折し櫓門をくぐるという、通常の枡形虎口より堅固な構えになっています。

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大手門の南、馬出門枡形の東が空き地になっていましたが、ここに三の丸建物が復元…されたりは、しませんよね。

ちなみに、城外から三の丸への出入口は幸田門、大手門ともうひとつ、南側に箱根口門という門があり、石垣が残っているようですが、時間の都合もありスルーしてしまいました…。

 

駆け足で周辺遺構を見て回った後は、二の丸堀を渡って城郭中心部へ向かいます。

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馬出門枡形の説明板です。大手門と同様に、土橋を渡るとまず広い空間(馬出?)があり、そこから門をくぐると枡形虎口があるという構造です。特徴的なこの枡形と門が発掘調査を経て正確に復元されたのは嬉しいことです。

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土橋の手前から、馬出門を見ます。土橋の先、門の手前に、広場が設けられています。土橋が眼鏡橋状なのは、後世の改変でしょうか。

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土橋から南側を見ます。曲輪の隅部に、櫓台が見えます。石垣は、腰巻石垣になっています。

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北側には、二の丸平櫓が見えます。中央にない破風が、オシャレです。

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門前のスペースは、かなりの広さです。門の鬼瓦をよく見ると、大久保氏の家紋が刻まれているようです。

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馬出門の説明板です。このあたりの石垣は復元した新しいもののように見えます。

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馬出門から、内冠木門が見えます。

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枡形内部からふたつの門を見比べます。左手が外側の馬出門、右手が内側の内冠木門です。内冠木門の方が、やや小ぶりに見えます。

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枡形内部の内冠木門付近から、西方向を見ます。枡形の西側には、塀が無く、銅門の頭が見えています。

 

枡形を抜け、馬屋曲輪へ入ります。

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案内図には正規登城ルートが、赤く太いラインで示されています。復元整備をしたことで、当時の登城ルートを体験できるようになったのでしょう。

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まず、奥に見える櫓台へ接近します。写真中央奥に二本並んで生える木のあたりには当時、大腰掛という建物があったようです。

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井戸跡です。水は、大事です。

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馬屋曲輪の隅櫓台です。両側に、雁木があります。

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櫓台から、馬屋曲輪を見渡します。

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櫓台から、西側へ続く土塁を見ます。土塁の途中には雁木があり、奥には、屋根は和風なのに屋根以外は洋館風という、よく分からない建物が見えます。

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斜めな雁木です。発掘調査で見つかったものを、キレイに復元したようです。

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馬屋曲輪の説明板です。隅櫓は、二重櫓だったようです。先ほどの写真にある地面に並んだ丸石は、板塀の位置を表していたんですね。

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よく分からない建物の正体は、観光案内所でした。もう少しこう…城郭建築風にすればいいのにと、どうしても思ってしまいます。

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馬屋曲輪から、枡形を振り返ります。土塀の控柱って、なんか好きです。

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馬屋曲輪から、堀越しに御茶壷曲輪を見ます。馬屋曲輪と御茶壷曲輪は写真左の細い通路でつながっていますが、間には門があったのでしょうか。

木柵は、城跡に馴染みますね。

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このあたりに御茶壷蔵があったそうです…って、平面表示があるとありがたいですね。

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番所も、平面表示があれば、建物の向きや大きさが分かり、理解が深まるかと思います。

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御茶壷曲輪西側の虎口には、土塁が綺麗に残っています。ここにも門があったのでしょうか。

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銅門の説明板です。

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小田原城は、度重なるリフォームを経験していたようです。

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それでは、銅門を見に行きます。

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古写真ではズタボロでしたが、このとおりピッカピカに復元されています。緩やかに弧を描く木橋が、良いですね。枡形北側の土塀は少し段差があり、高くなっています。

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説明板には内仕切門とありますが、枡形の外側が高麗門ではなく、土塀より低い埋門のような形式になっているのが特徴的で、面白いです。

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枡形内部です。内仕切門は、内側の庇の方が大きくなっています。

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枡形は四角形ではなく、内仕切門のあたりだけ外側へ張り出しています。内仕切門の両脇にある雁木は、狭間から攻撃する際に土塀裏へ上がるためのものと考えられます。

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そして、非常に立派な櫓門、銅門です。

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呼び名通りに、びっしり張られた銅板の色が映えます。

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太い二本の梁は、表面がちょうなで削られ美しい模様を見せています。

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内側から銅門を見ます。櫓へ上るために、石垣でスロープが設けられています。

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伝・銅門礎石、だそうです。元あった場所が不明…ということでしょうか。

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土塀の内部や控柱、瓦葺などの構造が分かる模型です。

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銅門をくぐると、二の丸です。

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二の丸御殿跡です。城跡としての整備を進めるなら、御殿の平面表示はしてほしいと思ってしまいますが…時期によって規模など違うようなので難しいでしょうか。

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長い塀が、わずかばかりお城感を演出します。

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関東大震災で倒壊した後復元されるも、予算不足により当時の半分程度に縮められてしまった二の丸隅櫓です。それでも、隅に櫓があるのは、いいことです。内側から見るとL字型なのがよく分かります。いつの日か、元通りの高い石垣の上に、元の大きさで復元されると、素敵ですね。

 

二の丸の次は、本丸です。

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二の丸西側にあるNINJA館(撮影忘れました)前の階段から本丸に通じる橋まで行けるのですが…絵図などを見ると、本来ここに階段は無く、土塁を南へぐるりと回り込んで橋へ至るのが正しいようです。

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本丸東堀跡です。時間があれば、堀底へ下りてみたかったのですが…。本丸へ向かいます。

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本丸東堀に架かる橋を渡ります。

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常盤木門です。これまでの枡形と違って、多聞櫓で囲われており、非常に堅固な印象です。さすが本丸の門です。写真手前に低い石垣が見えますが、当時はここに高麗門などがあったのでしょうか。

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枡形内部は、そこそこの段差があります。

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昭和期の復元なので正確さがどれほどか不明ですが、銅門と比較しても遜色のない、堂々とした本丸門の風格です。よく見ると、軒丸瓦には三つ葉葵が見えます。

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本丸側から常盤木門を見ます。

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常盤木門に連なる多聞櫓は、SAMURAI館と名付けられ、有料展示があります。

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で、で、でかい! 江戸時代から本丸に生える、七本松の生き残りと考えられているそうです。お城巡りの際に木はあまり気にしないのですが、ある意味小田原城の遺構とも言えますし、なによりこの巨大さに驚嘆です。すげえ。

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常盤木門をくぐると、本丸です。馬屋も本丸御殿も将軍家のために用意された、将軍接待城だったんですね。

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そしてこちらが、小田原城天守です! …って、イベントか何かのために天守前に張られたテント群のせいでイマイチですね。

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改めて、こちらが小田原城の、天守です! うん、この写真は良いですね。

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天守閣、の説明板です。全国各地のRC造再建天守が老朽化していく中、小田原城は耐震改修を選択し、リニューアルを遂げました。

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付櫓の方から見ると、印象が変わります。

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石垣スロープの階段を上って入るのが、丸岡城に似ています。100名城スタンプは、天守内で押せます。

 

それでは、天守内部の展示を見て回ります。

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江戸時代の天守模型が現存しているの、とても貴重です。

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二の丸二重櫓のものかもしれない、鯱です。

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城郭復元図ですが…上の説明が切れちゃってます。

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最盛期の小田原城を復元した、城郭模型です。三の丸縄張りまで再現されています。

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これは…とてもいいものです。素晴らしい模型です。

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解説板の背後に展示されているのは、御用米曲輪にあったとされる蔵の戸です。

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ずらり並んだ葵の御紋。将軍家専用施設に使用されていたらしいです…さすが将軍接待城。

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足元に展示された、小田原城総構と城下町・宿場町です。海岸には台場もあったんですね。

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この部分は、当時の天守内部を再現しているそうです。天守型の厨子が安置されています。

 

最上階から、外へ出てみます。

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おお、海が見えます!

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山も見えます!

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本丸を眺めます。

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戦国期の東曲輪が、意外と近くに見えます。

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そしてどこまでも広がる海…が、ピンボケです。

 

帰りに、本丸の西側~北側を歩きます。

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おや、この石垣は…?

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天守石垣スロープの南にあるこの石垣は、本丸南西隅のものではないかと考えられるのですが…本来ならここで途切れず南へ伸びているはずなのですが…。本丸石垣は震災で崩壊したらしいので、公園整備にあたってこのあたりだけ積み直したのでしょうか。それにしても、石が良く揃っています。

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石垣付近から、天守を見上げます。

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石垣横の坂道(本丸西側には本来、出入口は無かったようです)を下ると、こども遊園地があります。このあたりは当時、屏風岩曲輪と呼ばれていたようです。

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こども遊園地を左手に見ながら歩くと、本丸北側の石垣が見えます。隅部が綺麗に揃っていますが、このあたりも積み直しでしょうか。

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本丸の北、御用米曲輪の整備に期待、です。戦国時代の庭園を復元した方が貴重なように思いますが…。

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最後に、夕焼けに染まる天守です。

 

とにかく時間が足りず、後から調べてみれば数多くの見所をスルーしていたのが悔やまれます。江戸期の城郭復元が進み、周辺には戦国期のダイナミックな土塁・堀切なども多数残る、お城の変遷を遺構で追える小田原城には、今度は一日がかりでじっくり訪れたいと思います。

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日本100名城スタンプラリー、こちらで11城目となります。

 

素敵なお城でした。ありがとう。