お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

38.勝龍寺城

勝龍寺城に行ってきました。京都府長岡京市にあるお城です。

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JR長岡京駅の東口にある石碑です。このあたりは今から行く勝龍寺城ではなく、江戸時代初期の「神足館」とも呼ばれる勝龍寺城があった場所だそうです。

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歩いて勝竜寺城公園を目指します。たけのこは、長岡京市の名産だそうです。

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勝竜寺城公園に向かっていると、何やら巨大なオブジェが左手に見えます。

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オブジェの正体は、ブロックと手すりで固められた土塁のようです。

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お城を守るための土塁と空堀が、この付近に広がっていたようです。図を見ると、ここの土塁だけやたら形状が複雑です。

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目前の土橋めがけて、この土塁から横矢を掛けていたようです。ここからだと、堀と土橋の規模、土塁の高さが分かりやすいですね。

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しかし…遺構の保護とか、安全管理のためとはいえ、もうちょっとどうにかならなかったのでしょうか、この柵。

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土塁の下からは前の時期の堀が見つかったそうですが、土の状況なんかで分かるもんなんですねえ。すごいな考古学。

 

土塁と堀をひととおり見たので、勝竜寺城公園に向かいます。

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勝竜寺城公園に着きました。木製の説明板が良い味出してます。

説明板の右に石碑がありますが、細川ガラシャが新婚時期を過ごしたということで、ガラシャ推しのお城でもあるようです。

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お堀に架かる木橋、その先の石垣、塀と門、そして天守…いや、天守には…ちょっと見えませんね。

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とっても良い雰囲気の入口ですが、建造物も石垣も模擬のようです。

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本丸跡の説明板です。図によれば、当時もこの位置にそれっぽい入口があったようです。

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橋の上から西側を見ます。説明板にあるとおり、堀の先に張り出した土塁が見えます。

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模擬であっても、塀と門、良いですよね。雰囲気は大事だと思うんです。

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…まあ、門のすぐ先にあるこの建物(公園管理棟)の形状は正直どうかと思うのですが。いっそのこと、もっと天守閣っぽくしても良かったように思います。そして瓦のみならず、建物脇の「水」な小屋から建物入口の中にまで九曜紋。よく見ると別の家紋もあり、どちらも細川家の家紋らしいです。

 

本丸周囲の土塁上を歩いてみます。

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本丸東側の土塁です。

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今は塀だけですが、当時は多聞櫓が建っていたようです。

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隅櫓風の休憩所です。

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発掘では、多聞櫓への階段が見つかったようですが、今ある隅櫓への石段とは別の場所みたいです。でも隅櫓風の建物は、一応隅櫓があったと考えられる場所に建ってるんですね。

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本丸内部は現在、大半が庭園になっています。

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井戸跡です。天守が存在した可能性があるらしいですが、本丸には居住できる御殿のような建物もあったのでしょうか。

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北側には冠木門があり、ここからお堀を越えて本丸の外へ出られますが、先ほどの説明板の復元図だと、本来ここには出入口はなかったようです。

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こちらが本来の出入口、北門跡です。枡形虎口を形成していたようですが、この折れ曲がった石垣は当時のものなのでしょうか。

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虎口の脇には大量の石仏や五輪塔が並べられていました。石垣跡から出土したものという情報をネットで見たのですが、転用石、でしょうか…?

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本丸内から見た北門・一の門跡です。

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こちらは本丸西側の土塁です。本丸のさらに西にあった曲輪である沼田丸への通路が設けられていたようです。

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本丸西側土塁に上がったところです。右側の柵の切れ目付近に当時も階段があり、左手方向には沼田丸への通路がつながっていたようです。

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本丸西側土塁を南の端まで歩きます。

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復元図では、ここに隅櫓が建っていたようです。本丸南虎口に横矢を掛けるには絶好の位置です。

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本丸南西の張り出し土塁すぐ東側の冠木門です。こちらも復元図には存在しない出入口です。

こちらから、西側の沼田丸跡へ行きます。

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沼田丸跡です。発掘調査では、堀や井戸の跡が出ているようです。

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沼田丸と本丸との間には、帯曲輪があったようです。

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この浅い凹みが、堀跡でしょうか。

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帰り際に見る、模擬隅櫓です。しっかり石落としまで付いています。

 

今なお残る土塁や堀に当時の縄張りを確かめ、模擬建造物で城郭の雰囲気を味わう。史実どおりの復元が成されるのがベストなのでしょうが、何もない更地よりは、石垣が、塀が、門が建っていた方が、「ここはお城だったのだ」という想像を手助けしてくれることもあるんだなあって、思えます。

 

素敵なお城でした。ありがとう。