お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

24.松山城(その3)

その2の続きです)

ここからは二の丸・三の丸方面へ向かうため、本丸から歩いて下山します。

ルートはいろいろあるようですが、黒門口登城道を選びました。江戸時代からあり、大手門を通って本丸と二の丸をつなぐので一番正規ルートっぽいですよね。

大手門跡を通過します。二の丸から来た場合、大手門をくぐってまず180度ターンしなきゃいけないわけで、ギミックはここから既に始まってるんですよね。返す返す凄いお城です。

この大手門の左側あたりから登り石垣が連なっているはずなのですが、この黒門口登城道からは全然見えません。県庁裏登城道からだと見えるポイントがあるらしいですが。

よく整備された石段を下ります。脇の石垣は当時のものなのでしょうか。

1箇所、江戸時代からの舗装が残っているそうですが、おそらくここらへんでしょうか。石畳というやつですね。

なにやら門の礎石らしき石が。このあたりが中門跡でしょうか。

二の丸のすぐそばまで下りてきました。このあたりが尾谷門跡でしょうか。

尾谷門から中門にかけては道の両脇に土蔵などが立ち並んでいたそうです。

大きな石垣が現れ、テンションがぐぐっと上がります。

左の高い石垣には櫓(持弓櫓)が建っていたようです。

 

山道が終わり、明るい所に出ます。二の丸に到着です。

すぐそばに、建物や門が見えます。

こちらが二の丸の奥門ですが、ここからは入れません。

こちらが二の丸の正式な門、四脚御門です。しかし、現在はここからも入れません。

四脚御門向かいの石垣前には、いくつもの解説板がありました。

四脚御門を過ぎ、坂を下ります。それにしても右側の石垣は本丸に負けず非常に立派です。

この複雑な形状の石垣に、さらに複雑で巨大な櫓門、槻門が乗っていたそうです。明治に取り壊されたのが残念でなりません。そしてこのあたりの石垣が素敵すぎました。

槻門をくぐらず南下すると、多聞櫓と門が見えました。ここが現在の二の丸入口です。

多聞櫓をくぐります。

塀や門をちゃんと作ってあると雰囲気出ます。

「二之丸庭園」と書かれた門をくぐると、右手に多聞櫓が続いており、中に入れます。

二の丸の模型が展示してありました。こうして見ると、広いですねー。

多聞櫓を出て、また門をくぐります。

奥御殿跡です。平面で間取りが再現されており、水が流れている所が部屋ということらしいです。

表御殿跡です。こちらも平面で間取りが再現されており、草木が植えられている所が部屋らしいです。

南東側、木々の向こうには池と庭園がありました。

水琴窟がありました。

大書院跡です。上段之間などがある御殿の華です。

この大井戸遺構が二の丸御殿跡でひときわ異彩を放っていました。これもはや井戸ってレベルじゃないですよね。東半分には「焚木之間」という建物が建っており、水底に見えている木材はその基礎部分だそうです。

大井戸脇から延びる地下通路です。大井戸は火災時の消火システムとして機能していたとか。二の丸までギミック満載とか本当どうなってるんですか松山城

俎石、だそうです。伝説とか言い伝え的なアレです。

ふぉおおおお! 山肌に! 自然岩盤と! 石垣の! 隣接がああああ!

二の丸奥門付近の石垣良いですたまらんです。

高くなっている所は解説に東大砲台とありました。大砲置いてたんでしょうか。

内側から見た四脚御門です。横の建物は番所です。

番所の向こうには米蔵がありました。

四脚御門の前に御殿の玄関があったようです。

四脚御門の正面には腰掛けがありました。

井戸です。

二の丸を後にします。

二の丸南側です。

槻門に戻ります。

ここっ! この高さと! 見事な勾配! どんだけ興奮させる気でしょうか。

あ、槻門北西側の石垣です。

槻門をくぐります。

このあたりに栂門があったのでしょうか。

石垣が何度も曲がり角を形成しています。

黒門跡です。黒門・栂門・槻門を越えないと二の丸にたどり着けないという、強固なディフェンスです。こういった石垣も良く保存されていて実に石垣フェチの石垣欲を満たしてくれます。

 

黒門を過ぎ、道を渡って、三の丸に入ります。

三の丸だけでめちゃんこ広いです。これほど広大な縄張りにもかかわらず、本丸・二の丸・三の丸が当時の形状を維持しているのってとんでもないミラクルだと思います。

こうして三の丸から見ると、二の丸が高石垣の上に築かれていることが一目瞭然です。ていうか石垣すごすぎるんですが。なんじゃこりゃ。

山頂に天守が写っている方の写真は、三の丸から二の丸・本丸までを一度に収めており、松山城の規模がよく分かります。

あれ、山頂に見えてるの、大天守じゃなくて小天守みたいです。

三の丸は時間の都合もあり、ほとんど歩けていません。

ここには三の丸の通用門である東御門があったらしく、それはそれは立派な門だったそうです。今は石垣あまり残っていないみたいですが。

お堀です。三の丸の周囲には今も当時のまま、水堀がめぐっています。

 

最後に、登り石垣を見に行きます。

二の丸南東、右側に見える石垣が、登り石垣の開始地点です。

県庁裏登城道を少しだけ登ってみます。坂がきつくてしんどいです。

うーん、あまり近くから撮っても、登ってる感が伝わらないですね。でもこれが、山頂の本丸まで続く、全国的にもたいへん貴重な登り石垣なのです。

 

あまりにも見所ばかりで撮影枚数が300枚をオーバーしてしまい、やむなく記事を三分割する大長編となりましたが、これだけ写真を掲載しても魅力を伝えきれているか不安になります。ギミックとトラップの博覧会であり、石垣の博物館でもある松山城。実際にすみずみまで歩いてこそ、その魅力を堪能できるのではないでしょうか。

 

素敵なお城でした。ありがとう。