お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

57.佐土原城

佐土原城に行ってきました。

続日本100名城(No.196)に選ばれた、宮崎県宮崎市にあるお城です。

 

佐土原城は山城と山下の居館部から成り、山上では天守台が発掘され、日本最南端の天守台とされているようです。

大阪から夜行バスで宮崎市中心部へ到着後、路線バスで城跡のすぐ前まで来ます。現在二の丸跡に建つのが佐土原歴史資料館「鶴松館」です。

島津忠興公により山城から山麓に移された居館が、今いる鶴松館のようです。鶴松館という名前は、佐土原城が鶴松城と呼ばれる時期があったことに由来していると思われます。

立札によると、鶴松館は土日祝日のみの開館で、平日は道路を挟んで反対側にある「城の駅 佐土原いろは館」で続100名城スタンプを利用できるそうです。

鶴松館の前は駐車場となっているのですが、駐車場の傍らに国指定史跡の標柱が見えます。

会所跡、とあります。どうやら駐車場のあたりも城域で、三の丸だという情報もあるようです。

駐車場から二の丸を見ます。一段高い所に門と左右に伸びる塀があり、門の向こうに御殿の屋根が見えます。非常に立派な構えです。

標柱に内堀跡、とあります。二の丸前面には当時、内堀があったようです。

マンガ入りの山城説明板です。遺構が残る山城をじっくり見たかったのですが…。

二の丸御殿の門前まで来ました。門の上部には鶴松館の名称が掲げられており、門の向こうには御殿の玄関が見えます。

続100名城スタンプは、門を入って右手で押せます。

波しぶきがデザインされた瓦は、火除けの意味が込められているのでしょうか。

 

二の丸へ入ります。

二の丸には大広間、書院、数寄屋が当時の遺構に基づいて復元され、鶴松館として利用されています。説明板によると、西側と北側にも柱穴が見つかっており、御殿はもっと大規模だったようです。

御殿玄関です。屋根瓦には、島津氏の家紋である丸に十文字があしらわれています。

建物の絵図は残っておらず、寛永期の武家屋敷を参考に復元したそうですが、このアングルだと二条城御殿の外観に似た部分を感じます。現存御殿も、少なからず参考にされていることでしょう。

 

残念ながら館内は撮影禁止のため、外観をじっくり見ていきます。

御殿が建っているお城は現存・復元を合わせても天守に比べ非常に少なく、とても貴重です。更地に「ここに御殿がありました」という立札だけがあるのと、実際に建造物があるのとでは、説得力が圧倒的に違います。

 

庭園も、御殿に合わせて美しく整備されています。

大広間と書院との間にも、中庭のような庭園が設けられています。

書院です。とても立派な建物です。

書院の前方(東側)に、建物跡のようなスペースがあります。どのような建物があったのでしょうか。

南東から御殿を見ます。左にエアコンの室外機らしき機器が見えますが…もう少し目立たない配置にしてほしかったです。

書院の南に、数寄屋があります。

数寄屋と書院は、渡り廊下で接続されています。

作庭の整備方針が説明されています。遺構に基づく復元ではなく、敷地や建物を考慮した整備のようです。

こちらが築山枯山水式庭園、ということでしょうか。

一部撮影できる部屋もあったようですが、建物内はほぼ撮影禁止なのです…。

北西から御殿を見ます。

御殿西側を仕切る、冬にもかかわらず花満開の生垣です。これは、ツバキでしょうか。

おや、屋根の隅に一風変わった瓦が見えます。

後ろ足を高く上げた狛犬のように見えます。瓦にも色々ありますね。

 

この付近では、イノシシが出るようです。

地面がえぐれている箇所、もしかしてイノシシの足跡でしょうか。ちょっと怖いです。

南西から御殿を見ます。右手前は数寄屋です。

 

注意事項の書かれた城址公園の説明板を見つけました。明治の城図が載っています。

この先が山城への登城路になっているようですが…。

追手口の看板は倒れ、先へ進むことができません。

今秋の台風被害により、山城部分へは立入禁止となっています。日本最南端の天守台など素晴らしい山城遺構を見たかったのですが…仕方ありません。

御殿の西側及び北側に広がる平地部にも、城の施設があったようです。いくつか標柱が立っています。

代官所跡です。

反米役所跡です。このあたりは、お役所エリアだったようです。

役所エリアの西側にも中之道という登城路がありますが、こちらも通行止めです。

中之道入口の北には、出土文化財管理センターがあります。

「従是南西 佐土原領」の領境石は他所から移設されたもののようですが、貴重な当時の遺構といえるでしょう。

なんと、閉館してしまったようです…残念。

出土文化財管理センターの場所には当時、御普請所が建っていたようで、根石遺構が発掘されているそうです。

出土文化財管理センター付近から、御殿のある東方向を見ます。当時はこのあたりに藩の施設がいくつも建っていたのでしょう。

 

二の丸御殿入口まで戻ります。

この左右に長く伸びる塀が、やすやすと立ち入れない御殿の特別感を引き立てていると思うのです。

 内堀跡から、御殿を眺めます。

 

山城へ登れなかったのはとても残念ですが、復元御殿とその背後に広がる役所エリアからは江戸期主要城郭部分の規模を体感できました。いつか山城部分が復旧されたら、日本最南端の天守台をこの目で見てみたいものです。

続日本100名城スタンプラリー、こちらで4城目となります。

 

素敵なお城でした。ありがとう。