お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

【更新】2022/5/13「60.知覧城」(2018/12/9訪問)の記事をアップ

51.一宮城

一宮城に行ってきました。

続日本100名城(No.176)に選ばれた、徳島県徳島市にあるお城です。

 

※プライバシーに配慮し、一部写真を加工して掲載しています。あしからず。

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登山口手前にある立派な城址碑です。バス停があり、徳島駅からバスで来ることも可能です。

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バス停横の説明板によると、徳島県内で最大級の山城だそうです。麓の寄神社周辺は居館跡といわれているようですが、今回は訪れていません。

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奥に進むと、登山口があります。続100名城スタンプは、曲輪のイラストが描かれた案内板右側に設置されたボックス(写真には写っていません…)内にあり、ここで押せます。

舗装された坂道の先にあるトイレで用を済ませ、登城します。

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坂道の先はいきなりの険しい山道で、少し登ると、トイレの屋根がもう小さく見えます。

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両親と一緒に来たのですが、ここまで険しいとは思わず、無理をさせてしまいました。

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城跡とは関係ないのですが、十二世紀頃のお経を納めた筒とは、とても貴重ですね。

本丸まで、あと500メートルです。

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露出した岩盤は緑色片岩のように見えますが、このあたりは三波川帯にあたるのでしょうか。

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山道は、まだまだ続きます。当時の城主も、同じ道を歩いたのでしょうか。

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本丸まで400メートル。着実に近付いていることを、標柱が教えてくれます。

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城跡保勝会の五十周年記念碑があります。険しいながらも綺麗に整備された登山道は、保勝会のおかげなのでしょう。感謝します。

 

視界が開け、平坦な三叉路に出ます。

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眼前に、ようやく城跡らしさを期待させる立札が見えます。

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攻め手が横移動をしづらくするために等高線と直角に斜面に掘られたのが、竪堀です。右側の盛り上がりに対し、立札の向こうは凹んでおり、ここが竪堀なのでしょう。

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三叉路を左へ歩きます。

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倉庫跡の碑があります。奥の説明板が立っている所のようです。

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説明板によると、もう1カ所倉庫跡があるようです。炭化した麦が出土し、戦いで焼かれたことを物語っているようです。

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竪堀の立札まで戻り、三叉路を右へ歩きます。

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本丸まで、あと300メートルです。

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石垣……とまでは言えないけれど、明らかに人の手が加わったような石積みを、道の脇に見つけます。当時のものでしょうか。

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道が分岐しています。

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振り返った分岐坂道の先には、「曲輪」の立札が見えます。

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坂を上ると、そこそこ広い曲輪です。登山口の案内板に「畑跡」とあった所でしょうか。

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曲輪へ通じる道の脇にも、小さな石を積んでいるのが見られます。

 

坂を下り、登城道に戻ります。

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正面は急斜面、右手も急斜面、左手も急斜面(崖)です。

立札によると、左にもうひとつの倉庫跡と、ほかに新正屋敷跡というのもあるようです。

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しかし立札の先は道なき道……諦めます。

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本丸まで、あと200メートルです。

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振り返ると、かなりの高低差です。

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正面には急峻な切岸があり、道は右へ曲がります。

 

この道を上ると、大きな堀切に出ます。

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見事な堀切です。右手(西)が明神丸、左手(東)が才蔵丸です。

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左手に、才蔵丸への虎口があります。

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才蔵丸の虎口です。碑には「財蔵丸」とあります。虎口の立札下には「見晴らし台」とあり、眺望が開けているようです。

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才蔵丸は、かなりの広さを持つ曲輪です。「財蔵」ということは、金蔵があったのでしょうか。

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根元が朽ちたのか、図を描いた案内板が倒れています。

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観光協会が立てた鳥瞰図です。こちらは「財蔵丸」の字を当てています。

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鳥瞰図によると、正面に見える山が眉山、左を流れるのが鮎喰川のようです。

 

才蔵丸を出て、本丸を目指します。

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虎口の立札まで戻ると、立札の右手に、竪堀らしき凹みが見えます。

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さらに歩いた所にも竪堀とありますが、左手斜面にあるのでしょうか、分かりにくい状態です。

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当時の石段や脇の石積みが残っているように見える、門跡です。向こうに見える立札によると、右(東)へ行くと明神丸、そして左(西)へ行くと、本丸です。

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本丸方向から、門跡を見ます。石段の最上段に、門礎石のように見える石もあります。

 

標柱右手の道を奥に進めば、明神丸です。

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明神丸と書かれた碑です。道の奥に、看板が見えます。

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曲輪や堀などの縄張りが詳細に描かれた周辺案内図です。この先に、明神丸の虎口があるようです。

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明神丸の虎口です。こちらにも石段が残っているようです。

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明神丸です。才蔵丸に匹敵する広さがあります。手前の石列も、当時のものでしょうか。

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当時の井戸でしょうか。

 

明神丸を出て、本丸へ向かいます。

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門跡まで戻り、本丸を目指します。

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明神丸と本丸との間にある、帯曲輪です。まっすぐ本丸へ伸びています。

いよいよ、本丸へ入ります。

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本丸に立つ、縄張り全体が描かれた案内図です。今回は、左側の道を歩いてきました。

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隣にある屋根付きの立派な説明板には、本丸石垣の形状が描かれています。一宮城は、県史跡に指定されているようです。

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そしてこちらが、本丸に残る見事な石垣です。これは……素晴らしい! 山歩きの疲れも吹っ飛びます。

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普段はお城に一人で訪れるので、写真に自分が写ることはありませんが、今回はせっかくなので、親に撮影してもらいました。

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東側にある虎口は、奥まった所に石段があります。手前には、門があったのでしょうか。

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石段の左右石垣を見ます。青石による野面積は、荒々しくも隅部がきちんと整えられ、徳島城に通じるものがあります。本丸石垣は、徳島城を築城した蜂須賀家政公時代のものと考えられているようです。

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石垣上から、本丸東虎口を見ます。石段最上部に、門礎石のように見える平たい石があります。

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本丸石垣上は、かなりの広さです。どんな建物があったのでしょうか。

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一宮城の石材を使用して建てられたと思われる、若宮神社です。

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本丸周辺の縄張りが描かれた、案内図です。

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背後に連なる山々が美しいです。

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右は先ほども見た眉山鮎喰川です。左手が、豊臣秀長が陣を構えたとされる辰ヶ山でしょうか。

 

石垣を下り、周囲を見て回ります。

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隅部はよく整っています。

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よく、これだけの石垣が残っていてくれたものです。

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南側に、石垣の折れがあります。

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本丸石垣の南西隅です。

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碑に「釜床跡」とあります。

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おそらく、説明板手前の石組が、釜床跡と思われますが……よく分かりません。

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本丸西側は石垣がなく、釜床から坂を上って本丸石垣上へ行くことができますが、当時もこのような構造だったのでしょうか。

 

本丸の南西方向にもいくつか曲輪があるようですが、今回はここまでで下山します。

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登山口にある、一宮神社です。一宮城に所縁があるようです。

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蜂須賀公阿波入国の際に「国が丸く治まるように」と願いを込め奉納したと伝わる太鼓橋です。親柱に「天正庚寅年」と刻まれているようにも見えますが……。

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江戸初期に建てられた本殿は、国の重要文化財に指定されているようです。

 

いくつもの曲輪や切岸・堀切などがよく残り、本丸には見応え十分な石垣もある一宮城。地元にこれだけ立派な城跡が存在したことに驚き、訪問できたことに喜びを感じています。

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続日本100名城スタンプラリー、こちらで2城目となります。

 

素敵なお城でした。ありがとう。