お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

44.川越城

川越城に行ってきました。

日本100名城(No.19)に選ばれた、埼玉県川越市にあるお城です。

 

※プライバシーに配慮し、一部写真を加工して掲載しています。あしからず。

 

お城へ向かう前に、移築門を見に行きます。

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川越市駅から北に歩くと、お城の西に、栄林寺というお寺があります。栄林寺の山門が、川越城の蓮池門を移築したと言われているそうです。

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門の付近には移築についての説明書き等はありませんが、城門らしき風格の漂う立派な門です。

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門の脇にある史跡の説明板です。安井政章という、川越藩の治水事業などに功績を残した人のお墓があるようですが、お墓は見ませんでした。

 

それでは、お城を目指します。

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蔵造りの町並みです。昔ながらの建物が軒を連ね、「小江戸」と称された川越を今もなお体感できる素敵な通りです…って、なんなんでしょうかこの人の多さは。

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通りを東へ曲がると、大きな鐘楼が見えます。

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間近で見ると、とても大きいです。

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巨大な鐘楼・時の鐘の説明板です。時の鐘をくぐった所に、薬師神社があります。この写真、適当さが目立ちますね…ちゃんとまっすぐ正面から撮るべきでした。

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時の鐘は、「残したい日本の音風景百選」に選ばれたそうです。音風景百選…そんなのがあるんですね。どのようなラインナップなのか気になります。

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このあたりの旧町名は多賀町というそうです。桶屋の町で、箍町が転じて多賀町、と。

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これは小江戸な町並みと共に、いつまでも残したいランドマークですね。

 

城下町を抜け、城の大手に向かいます。

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すさまじい人混みの原因は、お祭りでした。山車の背後に写る川越市役所の付近が当時の大手門だったようで、標柱や太田道灌公(川越城の前身である河越城を築城)の像などがあるようですが、この状況ではそれらを撮影どころか、視認すら出来ませんでした…。

 

人混みをかき分け、大手門跡を東へ歩きます。

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やがて、道の南側に中ノ門堀跡が見えます。川越城の貴重な堀跡で、写真の冠木門が建つあたり(もう少し西かも)に、追手曲輪と中曲輪とをつなぐ中ノ門があったようです。

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冠木門の西にある説明板です。中ノ門は立派な櫓門だったようです。この写真も適当なナナメ撮影ですね…。

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冠木門をくぐった所にある説明板です。南北から伸びる三本の堀で道を屈曲させるとは、枡形虎口とは違った特徴的な防御策ですね。三本目の堀の手前に、中門があったようです。

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そしてこちらが、中ノ門堀です。この写真も中途半端ですね…どうせならもっと角度をつけて、説明板の全景と堀を一度に収めてもよかった気がします。写真を見返すと、いつも反省ばかりです…。

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反省はさておき、堀のアップです。これは見事です! 説明にあったとおり、外側の傾斜がゆるく、内側がきつくなっており、土塀のある内側は垂直に切り立っているように見え、到底上れる気がしません。当時はもう少し奥まで堀が続いていたようです。

 

中ノ門堀跡から中曲輪、三の丸を経て、二の丸まで歩きます。

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二の丸には現在、川越市立博物館が建っています。建物が瓦屋根で、お城を意識している雰囲気があります。

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博物館の前に、井戸があります。

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霧吹きの井戸、だそうです。説明板は別名・霧隠城のエピソードしか語ってくれませんが、この井戸がもともとここにあったのか、城内の何処から移築されたのか、はたまた模擬的に再現しただけなのか…そのあたりが知りたいのですが。

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博物館の利用案内です。博物館によって撮影ルールが異なるので注意が必要です。川越市立博物館は、常設展示室内は撮影可能なのがありがたいです。

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というわけでこちらの素晴らしい模型を撮影できました。城郭復元…いえ、違いますね。城下町まで全て復元した、「小江戸」川越の復元模型です。これはすごい!

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川越城の部分をクローズアップします。複雑な縄張り形状がよく分かります。奥の丸馬出部分が、大手門です。

川越城の縄張りや曲輪の形状は実に複雑でとても興味深いのですが、現在それを確認できる遺構がほとんど残っていないのが、残念です。

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本丸御殿と、その左手の高台に建つのが富士見櫓です。

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先ほど見た中ノ門堀も、当時の様子が見て取れます。

 

復元模型を堪能したところで、本丸へ向かいます。

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本丸の東、堀と帯曲輪があった所には現在、初雁公園野球場があります。川越城の別名は、初雁城とも言うそうです。

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本丸に入ると…見えました、御殿が!

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御殿の前にある、川越城図です。現在(といっても昭和58年現在ですが)ある施設や道路も描かれているので、縄張りとの対比ができます。

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そしてこれが、現存四御殿のひとつであり、本丸御殿では高知城とここだけに現存する、川越城本丸御殿です!

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屋根の上にさらに唐破風屋根が乗る玄関は、川越城本丸御殿の顔であり大きな特徴です。

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唐破風屋根の上には、金色に輝く三つ葉葵紋が見えます。現在の御殿は1848年に松平斉典公により建てられたそうです。

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玄関の左右には、櫛形塀が伸びています。

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玄関が素晴らしくてたくさん撮影していますが、この写真なんかも唐破風屋根の左端が切れてしまっていて…残念です。

玄関から、御殿の中へ入ります。

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反射して見づらいですが、入館案内と、御殿の見取り図です。100名城スタンプは、御殿の受付で押せます。

玄関から、廊下を左へ進みます。

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十五畳ある使者の間です。扉には竹が描かれているように見えます。

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廊下はこんな感じです。ガラス戸は、後世に取り付けられたものなのでしょう。

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御殿の案内図です。これも中途半端なナナメからの撮影…。

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修理工事の際に交換された鬼瓦です。こちらにも三つ葉葵が見えます。

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本丸御殿南側に残る、書院の痕跡です。確かに、ほぞ穴が見えます。

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西側廊下を歩きます。

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廊下の柱の位置が丸瓦によって示されています…が、庭の飛石などで分かりにくいです。本来はここからまっすぐ続く廊下の先、御殿の西端に、家老詰所があったようです。

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廊下から北へ階段を下り、一旦御殿の外に出て、元あった場所より東へ移築された家老詰所へ向かいます。

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家老詰所の案内図です。商家に移築されていたのを再移築したようで、貴重な遺構が(ほぼ)元の場所で見られるのは、ありがたいことです。…この案内図は、比較的まっすぐ撮影できていますね。

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トイレです。昔の便所を見るというのは、当時の生活空気が伝わってくるようで、興味深いです。

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ここの廊下には、畳が敷かれています。

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おや、家老どのはお仕事中でしたか。こういう人形による再現も、当時をイメージしやすくて有効だと思います。

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家老詰所から御殿西側を見ます。うーん、やはり廊下跡に置かれた丸瓦が分かりにくい…。いっそ廊下を再建してはどうでしょうか。

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この写真は釘隠しを撮りたかったのでしょうか…目的が伝わらず、時間がたって見返すと困ってしまいます。当時の自分に聞き取り調査したい気持ちです。

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御殿の屋根瓦にも、葵の御紋が見えます。これは、桟瓦というやつでしょうか。屋根の左側は瓦の色合いが異なりますが、葺き替え時期による差でしょうか。

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家老詰所の縁側です。観光客がくつろいでいます。

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家老詰所を出て、こちらの階段から、御殿に戻ります。当時は、この階段上から右手に大廊下が伸びていたようです。

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川越城で使用された釘隠しです。すぐそばには、100名城スタンプの絵柄をすべて集めたものが展示してありました。

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御殿の絵図です。赤枠で囲まれた現存部分を見ると、広大な御殿のごく一部しか残っていないのが分かります。完全な形の御殿を見てみたかった思いはもちろんありますが、こうして一部だけでも今に残ってくれたことを、感謝しないといけません。

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広間の北にある、鎗の間です。

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正面玄関の北側にある玄関、中ノ口です。半柱とは、写真中央の柱のことでしょうか。

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こちらが中ノ口です。現在こちらからは出入りできません。

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中ノ口にある、航空写真と縄張り図を重ねたものです。各曲輪の輪郭は、ほぼ失われてしまっているようです。

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36畳の大広間です。奥に見える杉戸の素晴らしい絵とか、天井についたバレーボール跡とか、色々と撮り忘れてしまい、後悔しかありません…。

 

御殿を出て、周辺を散策します。

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本丸の北側に、本丸門跡の標柱があります。

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標柱は、道路脇の植え込みの中という見落としそうな場所に立っています。本丸門がどのようなものであったのかも、想像するのが難しい状態です。

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本丸御殿の南東には、三芳野神社があります。とうりゃんせ発祥の地、だそうです。

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神社の境内には、土塁の名残に見える高まりがありますが、当時の土塁跡でしょうか。

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御殿の南にある、縄張り図です。起伏があるので、土塁の様子が分かりやすいですね。

 

本丸南西方面へ向かいます。

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なにやら道を見つけました。ここは何処の細道でしょうか。

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階段を見つけました。この先、かなり高台になっているようです。

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階段の先にも、ぐねぐねと階段が続いています。

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その先は、立ち入り禁止でした。

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先ほど上った高台が、富士見櫓跡のようです。先ほどの高台東側の階段の先には富士見稲荷神社があるのですが、櫓台付近には入ることが出来ず、こちら西側の櫓台へと通じる階段も、封鎖されています。

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高台から少し離れた場所に、富士見櫓跡の標柱があります。高台に建つ三重櫓は、天守のごとく目立ったことでしょう。

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富士見櫓跡の南西、目と鼻の先に、田曲輪門跡があります。本丸南に伸びる田曲輪と中曲輪とをつなぐ門で、富士見櫓との間は堀で隔てられていたようです。

 

最後にもう一度、本丸御殿の写真です。

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振り返ればどうにも写真の拙さばかり気になって仕方ないのですが…この反省を次のお城巡りに活かさなければいけません。

 

大半の遺構が失われつつも奇跡的に本丸御殿の一部が残り、玄関の威容がかつてのお城の規模を物語る川越城。御殿周辺の整備計画もあるようで、撮影リベンジをしたいという点でも、是非また訪れたいと思います。

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日本100名城スタンプラリー、こちらで9城目となります。

 

素敵なお城でした。ありがとう。