高知城に行ってきました。
現存12天守のひとつで、日本100名城(No.84)に選ばれた、高知県高知市にあるお城です。
※プライバシーに配慮し、一部写真を加工して掲載しています。あしからず。

現存の追手門です。門の向こうに、天守が見えます。


横の堀は、ハスだらけです。

とても立派な門です。

旧国宝碑です。現在は、重要文化財のようです。


説明板にある石垣の刻印、分かるでしょうか。

赤丸をつけた所に「エ」「シ」「ケ」のカタカナが刻まれています。



ずっと見ていたくなる門ですが、先へ進みます。



長い石樋は、石垣を保護する排水技術です。
石段を上ると、天守が見えてきます。

杉ノ段と呼ばれる曲輪です。


三の丸石垣です。かなりの高さがあり、とても美しいです。主にチャートを使用しているそうで、なるほど言われてみれば石が赤みがかっています。地域ごとに石垣に用いる石材が違うのは非常に興味深いです。

幾重にも積み上がった石垣上に建つ天守、迫力あります。
天守見たさはありましたが、ひとまず遠回りして、三の丸石垣を左手に見ながら、杉ノ段を歩いていきます。

このそそり立つ感!


苔むした石垣に歴史と深い味わいを感じます。


横矢!

石垣に夢中になり、ふらふらさまよい、どの辺にいるのか分からなくなります。

詰門が見えます。獅子ノ段あたりまで来たようです。


詰門の扉は、閉ざされています。
二の丸へ向かいます。

二ノ丸石垣です。

二ノ丸です。かつては御殿や櫓がひしめいていたようですが、建物は現在残っていません。

築山と池は、当時もここにあったようです。



詰門の二階部分から、本丸へ入ります。

一階は門、二階は二ノ丸と本丸をつなぐ廊下であり家老の待合所でもあった、それが詰門です。


右手には部屋がずらりと並んでいます。鯱もいます。

詰門出口は廊下門と連結しており、なかなか複雑な構造です。
門を抜けると、本丸です。



廊下門と西多聞です。西多聞の屋根は、内側と外側とで長さが異なります。廊下門の東には東多聞もあります。写真左下に指が写り込んでしまっているようです…。


黒鉄門です。

黒鉄門を出た所から見た、本丸の建造物群です。

いやー、カッコイイ門ですね。


そして本丸御殿と天守です。現存12天守で唯一、天守と御殿の両方が現存し、本丸の建造物がすべて残っているという非常に貴重なお城です。



御殿の入口右手奥には、観光客用の下駄箱があります。
本丸御殿に入ります。

本丸御殿は別名を懐徳館というそうです。「撮影OK」の看板が嬉しいですね。

戸の上には、欄間があります。

納戸蔵の廊下です。納戸蔵には、いくつか展示物があります。




三ノ丸欄間です。見事な木彫り細工です。

二ノ丸欄間はさらに見事!枝が飛び出てます。


なんと、三菱ロゴのルーツは山内家の家紋にあったのですね。

それでは御殿の部屋を見ていきます。

御茶所です。

うちわけ波の欄間です。



本丸の土塀には、物見窓があります。


奥に、上段の間が見えます。


竹の節欄間です。

上段の間、ゴージャスです。御殿の華ですね。

格天井が見えます。欄間のデザイン、実に様々です。


御殿の素朴な味、伝わるでしょうか。

武者隠しです。

トイレ(雪隠)も完備です。

御殿を出て、すぐ目の前に、天守入口があります。
ここから、天守に入ります。

一階には何やら、大きな模型があります。

これは、お城を建てている様子を表した模型でしょうか。




鎌継ぎ、どこだろうとキョロキョロしましたが、説明版すぐ下でした。



城郭模型です。本丸部分は、現在も同じ景色です。






二階、三階、四階と上がっていきます。

全国のお城写真コーナー、高知城だけ写真が三つあるの、とても良いと思います。


突き上げ窓から、外が見えます。


鯱の説明があるすぐそばの窓から、鯱が見えました。

四重六階なのか、四重五階なのか。


重文指定ではカウントされていない(?)幻の五階です。隠しフロアです。

最上階に到着です。

外に出られます。安全のためか、低い高欄の内側に、鉄柵が設けられています。

鉄柵と高欄越しに黒鉄門が見えます。
最上階からの眺望を楽しみます。

御殿の庭です。


三ノ丸方面です。石垣の高さが分かります。

二ノ丸方面です。詰門と廊下門、多聞櫓との位置関係が把握できます。


この建物が密集している感じ、屋根が重なり合っている感じ、たまらないものがあります。本丸建造物が全て残る高知城の醍醐味ですね。
天守を出て、東多聞に入ります。



東多聞から廊下門の二階部分につながっており、内部には展示がありました。

御殿に接続している納戸蔵です。
黒鉄門から、本丸を出て、三ノ丸へ向かいます。

本当に素敵な門です。無骨なのにコンパクト。


塀には物見窓と、石垣には石樋が見えます。

塀には物見窓のほか、狭間や石落しが見えます。


鐘撞堂です。


ここにも石樋。

三ノ丸が近付いてきました。

天守内の説明にあった「忍び返し」です。こちらも現存天守では唯一とのこと。これでNINJAもイチコロです。

このアングルから見る天守、良いですね。

詰門を東から見ます。それにしても色んな要素詰まりすぎです、詰門。 一階部分、通り抜けてみたいものです。
そんなことを考えていたら着きました、三ノ丸。

ここにも広大な御殿があったようですが、現存しません。

三ノ丸から望む天守です。


水路遺構です。排水のための工夫が随所に見られます。

水路は、石樋につながっています。

説明板、切れすぎです…。撮影、まだまだですね。

長宗我部期の石垣が展示されていました。
再び二ノ丸に戻りますが、鉄門跡を見逃してしまったようです…。

おそらく二ノ丸の水手門跡です。礎石が見えます。

気になった石垣は逃さず撮影、です。
駆け足で、回れるだけ回っていきます。

御台所屋敷跡です。水路遺構など色々興味深い感じだったのですが…説明板の撮影を忘れました。


搦手門石垣の保存は悪いですが、藩校の門と築地塀は綺麗に残っていました。

ついつい石垣を撮ってしまうんです。


井戸は何処かと探していたら…ありました。道の真ん中に!
帰りの時間が近付いてきました。


名残惜しく、追手門を撮影します。

ラストは、天守です。

本丸内全ての建物が現存するというミラクルには本当に興奮しました。それだけに、二ノ丸・三ノ丸の建物が全て取り壊されてしまったことは残念でなりません。
素敵なお城でした。ありがとう。