お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

17-2.大坂城

大坂城に行ってきました。

日本100名城(No.54)に選ばれた、大阪府大阪市にあるお城です。

 

今年二度目の訪問は、つい先日買った100名城公式スタンプ帳を埋めていくためというのもありますが、一番の目的は次の写真です。

そう、櫓の内部特別公開です。大坂城に今も残る現存建造物の中を見せてもらえるという素敵イベント。これを逃す手はありません。

 

前回は天満橋駅から歩きましたが、今回は森ノ宮駅から向かいます。

本丸の東にある市正曲輪の石垣と東外堀です。広大なお堀に浮かぶ複雑な折れ曲がりの石垣は目にするたび見惚れてしまいます。

写真の一番高い石垣の上には巽櫓があったようです。

玉造口から入っていきます。

大坂城の至る所で、このような幅広の雁木と上端に銃眼のある石垣が見られます。ここには控柱もあり、当時、銃眼付石垣の上には塀が建っていたことが分かります。

ここはまた格別幅広な雁木と、左には妙なカーブを描く石垣があります。当時このあたりには玉造口の櫓門が、奥の石垣から手前の横断歩道方向へ、道を横切って建っていたようなので、車道を通すにあたって石垣が改変されたのかもしれません。

 

超幅広の雁木を上り、石垣の上へ行きます。

フェンスが設置され、東側には行けなくなっています。

南外堀と、いくつもの折れ曲がりがある石垣です。右手が二の丸、左奥が算用曲輪です。木の向こうに、現存一番櫓がのぞいています。

 

二の丸方面へ向かいます。

市正曲輪と二の丸の境界あたりから見た、本丸石垣と内堀(空堀部分)です。綺麗に算木積みされた隅部は巨石ばかりで、さすがは本丸です。

振り返ると、市正曲輪と二の丸を仕切っていたと思われる石垣があります。左の見事な切込み接ぎ石垣の右あたりに仕切門があり、右のわずかしか残っていない石垣が当時はずずいっと手前まで伸びて道を塞いでいたと思われます。

現存の六番櫓です。扉のサイズで大きさが伝わるでしょうか。二階部分の漆喰の色の差がちょっと気になります。櫓も巨大ですが周囲の雁木もかなりのスケールです。

櫓特別公開、こちらの六番櫓は対象外なんです…残念。

 

南仕切門跡を抜け、西の丸へ向かいます。

二の丸・本丸間の空堀を巨大な配管が横切り、堀底と石垣は草木に覆われ、ここだけ切り取ると廃墟と化した異世界感が漂います。

この立派な門をくぐると西の丸庭園です。櫓特別公開のチケットはここで売っていると思ったら、違いました。

 

チケット売り場を教えてもらい、無事購入。いよいよ櫓の内部へ向かいます。

レンガの壁と石垣のコラボレーションというのもなかなか素敵です。レンガ壁は戦時中の建造でしょうか。それにしても切込み接ぎ石垣の複雑な石の組み方といったら…たまらんです。

幅広の雁木をのぼり、入口へ向かいます。

まずは、大手門の多聞櫓です。大坂城の貴重な現存櫓であり、全国的にも貴重な現存大手門でもあります。

禁止事項がたくさんありますが、スタッフに訊いたところ、内部の写真撮影はOKとのことで、ありがたいです。

普段は見られない位置から見る大手門枡形南面の石垣・塀と外堀です。手前の銃眼付石垣をよく見ると何やら模様が彫ってあるようですが、刻印でしょうか。

 

それでは、櫓の内部に入ります。

おお、これは…素晴らしい!

梁が描くこのカーブ!

多聞櫓の西側は廊下、東側には籠城のための部屋がずらり。

多聞櫓内からのぞく、大手門外側の高麗門です。

枡形内部に向けて、この銃眼がびっしり並んでいるのです。

櫓門の上部、北側多聞櫓への連結部分です。ちょっと写真ブレちゃってますね…。

来た道を振り返ります。いやーいいですねえ。

櫓門の上部は、先ほどまでの廊下と部屋の組み合わせではないので、広々としています。

かつては桜門枡形や京橋口にも多聞櫓があったようです。

太鼓櫓の古写真も残ってるんですね。

次の部屋が、櫓門のちょうど真上にあたります。

本丸・二の丸に20を超える巨大な三重櫓・二重櫓が立ち並んでいた様は、さぞかし壮観だったことでしょう。戦災などでの焼失は本当に残念ですが、それでも、こうして現存してくれている櫓があることに、感謝です。

石落としならぬ槍落としです。まあ、機能的にはどちらも似たようなものだと思いますが。

櫓門上部からのぞく大手門枡形内部です。

櫓門はもちろん外から見ても大きいのですが、中に入って一層その巨大さを体感しました。

このあたりは外堀に面しているからでしょうか、銃眼があります。

大手門の多聞櫓出口です。左奥に、次に入る櫓が見えています。

この角度から見る大手櫓門も、普段は見られません。しかし本当にでかいです門。

こちらの銃眼付石垣にはちゃんと塀があり、塀自体にも狭間があります。

ここの階段状になった塀すごく好きなんですが…基礎も塀自体もコンクリートっぽいので後世の建造でしょうか。

次なる櫓内部特別公開は、千貫櫓です。大手門のすぐ北に現存する二重櫓です。

千貫櫓内部から見る、大手門の外側です。

残念ながら二階へは上がれません。

中はとても広いです。

体験用の火縄銃があります。

千貫櫓を出たところから外堀を眺めます。右奥の石垣には坤櫓があったようです。

順路が示されていますが、少し西の丸を散策します。西の丸庭園への入場は有料ですが、今回は櫓特別公開のおかげで千貫櫓から入れています。

中を見てきた千貫櫓を振り返ります。

坤櫓台から見る、千貫櫓と大手門です。

 

そして、前回はお堀の外からしか見ていない、西の丸西北にある乾櫓です。

このL字型! かっこいい!

乾櫓は、残念ながら今回の内部特別公開は対象外です…。

 

もう少し、西の丸を散策します。

立派な蔵…ではなく、トイレです。こうやってちゃんとお城風に建てられた施設、僕はとっても好きです。このトイレは本当に立派で、遠目からだと本当に蔵に見えるので素敵です。

大阪迎賓館です。歴史的建造物に見えますが、二条城の御殿を模して1995年に建てられたようです。

迎賓館内部です。格天井も御殿風です。黄金の茶室が設置されています。

西の丸には当時、蔵が立ち並んでいたようなので、そういう意味でも先ほどの蔵風トイレはいい仕事だと思うのです。

 

そして。

特別公開のトリを飾るのがこの、焔硝蔵です。

この重厚さ! 他の城郭建築と比較しても、明らかに異彩を放っています。

出入口には何重もの鉄扉があり、内部空間は狭く、いかに壁や天井が分厚いのかが分かります。

いやーしかしカッコいいです。これはいいものです。

屋根瓦には、葵の御紋です。

こんな現存焔硝蔵が見られるのは全国でも大坂城だけ、なのです。

そんな焔硝蔵のある西の丸ですが、現存する蔵は他にはありません。現在は西の丸の大半が広大な公園と化しています。

西の丸の北東にある北仕切門です。ここからは出入りできません。

西の丸から見る天守、素晴らしいです。ビルなど現代の建築物も写っていないのでEDO気分を味わえる自画自賛ショットです。天守の前の一段低い石垣は、隠し曲輪です。

西の丸の東側、このあたりだけ本丸側へ出っ張っています。何か意図があっての構造なのか、ちょっと気になります。

西の丸庭園を出ます。櫓特別公開の対象は、先ほどの焔硝蔵で終わりです。

 

本丸へ向かいます。

桜門からのぞく蛸石と天守です。

桜門向かって右側の塀は漆喰が剥がれているように見えますが、塗り直し中でしょうか。

桜門の東側を、石垣に沿って歩きます。

戦災によるものでしょうか、石垣の劣化が目立ちますが、塀を建てていたと思われる綺麗なほぞ穴を見るとゾクゾクします。

当時はこの先に見える石垣の折れ部分に、巨大な三重櫓が建っていたのでしょう。

 

本丸の西側へ行きます。

日本庭園です。昭和に整備されたということは、江戸時代にはここに庭園はなかったのでしょうか。

西側の石垣上から桜門を眺めます。

本丸南西の隅櫓が建っていたであろう付近から、二の丸方面を見ます。左に屋根だけ見えるのが六番櫓です。

このあたりの内堀はずっと空堀です。堀の外側に比べて本丸石垣の高さといったら!

石垣の角を含めた構図、好きなんです。ここの石垣にもほぞ穴が。

このあたりにも櫓があったようです。ここから見る天守も良いです。このあたりから西側の内堀は水堀となっています。中央左に隠し曲輪が良く見えます。

ライトアップ用照明が設置されたここも、かつての櫓台のようです。

 

それでは、天守に向かいます。

んん、金明水は当時黄金水で、金明水は別の場所にあったとありますね…ややこしい。でもこの井戸屋形は当時のものなんですね。すごい。

天守台石垣にも雁木と銃眼があります。

天守入口脇には、刻印のついた石が置かれています。

入口付近から見る天守の一層です。石垣上端には銃眼が見えます。

 

天守内部は博物館となっており、豊臣大坂城と徳川大坂城の精巧な模型など素敵な展示がたくさんあるのですが、残念ながら撮影禁止でした…。個人的には模型だけでも撮影可能にしてほしいところですが、現状仕方ありません。

 

展示が撮影できないので、最上階からの眺めを撮影します。

天守東側の配水池です。大きな池があるわけではなく、がらんとした広場に見えます。左手には青屋門と、その奥に大阪城ホールが見えます。

ミライザ大阪城の向こうに見える屋根は、一番櫓でしょうか。

今は広場と化した本丸に、当時は御殿がびっしり建っていたのでしょうか。奥には修道館と六番櫓の屋根が見えます。

天守台を見下ろします。井戸屋形の屋根と、エレベーターの屋根が見えます。

ん? エレベーターの小天守台への連結部分、石垣を壊して通路を設けたようには見えませんね…石垣の形状は当時からこうだったのでしょうか。

左は本丸石垣で、右側が西の丸の本丸側に突き出た石垣です。内堀の空堀と水堀の境目も見えます。左奥には、千貫櫓と大手櫓門の屋根が見えます。

西の丸方向です。わずかに乾櫓の屋根が見えています。

天守下仕切門あたりの石垣です。

姫門跡と、山里口出枡形です。上から見下ろすと、石垣の形状が非常によく分かります。

金色の鯱と、山里門枡形・極楽橋方面です。右奥にちらりと大阪城ホールも見えます。

 

最上階からぐるり周囲を撮影したところで、下ります。

やはりこのエレベータ通路を通した小天守台石垣は石も古く(戦災での劣化も見られ)、もともとこの形状だったように思えます。でもここにかつて門があったとしても、この外側は高石垣のため簡単には降りられません。ううむ…。

平日ですが、観光客でいっぱいの大坂城です。

天守入場券売り場すぐ横です。この高石垣!

さて、城郭にはどうにもミスマッチな、天守脇のエレベーターですが…。

説明板によるとここには当時、二階廊下があり、本丸御殿と天守をつないでいたそうです。なるほど! もともとあった通路にエレベータを設置したというわけですね。小天守台石垣も当時のままであることに納得しました。

しかしそれなら、もうちょっとこう…二階廊下風なエレベータには出来なかったのかと、どうしても思ってしまいます…。

 

本丸を北の姫門跡から出ます。

隠し曲輪から山里口出枡形方向を見ます。

くっきりと残る卍の刻印を確認できました。

隠し曲輪入口脇の石垣にのぼってみます。

隠し曲輪入口を見下ろします。雁木の両端に、柱穴のようなものが見えます。当時は埋門があったようです。

山里丸へ通じる、山里口門跡です。こちらの石垣にもしっかり雁木と銃眼があります。

石垣に生々しく残る、機銃掃射痕です。

山里丸の北西にかなり大きな櫓台が残っています。ここにも櫓が建っていたようです。

山里門の巨大な枡形を見下ろします。このあたりは真新しい石材が多く、修復されたことがうかがえます。

 

極楽橋を渡り、二の丸北側へ行きます。

二の丸唯一の三重櫓、伏見櫓跡です。伏見城からの移築と伝わる櫓はいくつかありますが、徳川大坂城の伏見櫓は実際のところどうだったのでしょうか。

伏見櫓跡から京橋口方向を眺めます。

西仕切門跡です。向こうに見える長屋風のトイレと御座船チケット売り場が良いですね。

ん? あの石垣は櫓台…?

いや、ここに櫓はなかったようなので、どうやら東仕切門の石垣みたいです。こういう石垣もひっそりと残ってるのが嬉しいですね。

東仕切門のさらに東にあるのが、青屋門です。

残材を用いて再建したとあるので、半現存…といったところでしょうか?

脇の石垣上から見た青屋門です。当時は左奥にずーっと多聞櫓が続いていたようです。

青屋門外側、出枡形の石垣です。青屋門は外堀に四つある門のうち唯一の出枡形で、現在はここで外堀が分断されていますが、当時は出枡形から算盤橋が架かっていたようです。

こちらは内堀です。右側が山里丸で、左の高石垣が本丸です。

青屋門の出枡形内部です。

出枡形の北側出口です。今は単なる坂道ですが、当時はこの先に算盤橋があったのでしょう。

 

青屋門を出るとすぐ、大阪城ホールです。

城跡ではないのですが、大阪城ホールの石垣があまりに美しかったので思わず撮影してしまいました。

 

帰りは大阪城公園駅から電車に乗ります。

天守内の模型が撮影できなかったのが心残りでしたが、なんと駅の改札内に精巧な模型が! 当時の様子でなく現状を表したものですが、それでもありがたく撮影しました。

しかし、後で写真を見直して気付いたのですが…六番櫓の位置が違います。

 

というわけで、櫓内部特別公開をたっぷり堪能し、前回行けなかったエリアも回ることが出来て、非常に満足のいく二度目の訪問になったと思います。とはいえ大坂城は広大で、見るべきポイントはまだ山ほどあります。なのでまた必ずや、訪れることでしょう。

 

そして、日本100名城スタンプラリー、こちらが記念すべき1城目です。

スタンプラリーの存在を知っていながら参加せず、東北の名城まで訪れた後に結局始めてしまうという、尋常じゃない周回遅れ感を背負ってのスタートです。しかし、「スタンプのために一度訪れたお城にまた行かなくてはならない」などと思わず、「スタンプを理由に再び名城を訪れることができる」と考えることにします。

やるからには 頑張って制覇したいです、100名城。

 

素敵なお城でした。ありがとう。