お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

30.高槻城

高槻城跡に行ってきました。大阪府高槻市にあったお城です。

阪急高槻駅から歩いていくと、城北通、北大手、大手町…と、お城にゆかりのある地名などがあちこちに見られます。

本行寺にある高麗門です。高槻城の貴重な移築現存建造物です。

本行寺すぐ南の道路に、大手跡の表示があります。かつてはこの近くに、北大手門があり、その北に外堀があったようです。道路脇の水路が外堀の名残…というより、道路自体が外堀の名残ということになるのでしょうか。

カトリック教会の敷地内にある高山右近像です。キリシタン大名で有名で、高槻城の城主でもあったそうです。もっとも、高槻城高山右近より後の江戸期に近世城郭として完成したようですが。

高槻城内、三の丸に建てられた永井神社です。城郭建築ではありませんが、当時から城内にあった建造物が今も残る、貴重な神社です。

江戸期から今に残る、永井神社の唐門です。最近修理されたようで、金の装飾がまぶしく光っています。

永井神社のすぐ南、高槻城の二の丸にあたる場所はこのように工事中でした。中をのぞいてみると、何やら矢穴らしき跡の見える石が転がっていたりして、気になります。このあたりでは発掘調査により貴重な発見もあったようですが…どのように整備されるのでしょうか。

永井神社と道を挟んだ所に、高山右近天主教会堂跡があります。近世城郭としての高槻城には直接関係のないものかもしれません。

天主教会堂跡のすぐ東隣にある、厩廓桝形門の石垣石です。こちらはれっきとした近世高槻城の遺構…いや遺物ですね。石だけなのが残念ですが。

しろあと歴史館そばにある高槻城跡の案内板です。内堀に本丸と二の丸がそれぞれ島のように浮かび、その周囲を帯郭や三の丸が囲んでいたようです。弁財天郭というのはほかのお城ではあまり聞かない名前の曲輪なので印象に残ります。

このように小さな案内板もあります。ここから東の道が外堀で、南へ伸びる道が内堀だったようです。

この道がかつての内堀で、右に見える工事現場が二の丸、道の左側が三の丸だったようです。遺構はなくとも、城郭の規模を体感し、想像することはできます。高槻城、かなり広大です。

思案石、だそうです。

城跡公園の北側入口近くにある案内板です。

案内板の隣には石碑と、本丸御門や天守台に使われたという高槻城の貴重な石垣石が無造作に転がっていました…。

右手前が石垣石のある敷地で、その奥に見える学校の場所に、高槻城の本丸があったようです。道を挟んで左が城跡公園です。

城跡公園内にある、高槻城跡の石碑です。なかなか個性的な形状です。よく見ると、上部中央に高槻城の説明文が彫られています。

公園内には天守台っぽい模擬石垣があります。城跡公園は当時の三の丸にあたり、御殿や隅櫓があったようですが、当然、ここに天守はありませんでした。

公園内にある歴史民俗資料館です。当時の城下町にあった町屋を移築復元したもので、江戸期の高槻城を知るには貴重な建造物です。

内部は畳まで上がって自由に見学できます。非常に広い家屋で、当時の家主はお金持ちの商人だったのでしょうか。階段を兼ねた収納が印象的でした。

しろあと歴史館です。城跡公園に行くまでの道のりの途中、当時の東三の丸北端(正確には外堀の中らしい)あたりにあります。名前のとおり、高槻城にまつわる展示がたくさんあり、見ごたえがあります。

AR高槻城アプリが提供されています。リアル復元は様々な事情でなかなか難しいけれど、今後はこうしたAR復元という取り組みが増えていくのかもしれません。ちなみにアプリをインストールし起動しようとしたけれど、何故かうまくいきませんでした。

しろあと歴史館のエントランス入ってすぐ、いきなりそびえ立つ原寸大の石垣模型と構造解説。パネルの絵と同じ立体物がガラスの下に広がっているのは非常にインパクトあります。

築地塀の屋根瓦や鯱瓦の現物が展示されています。

エントランスにあった、高槻城の縄張り図です。

説明パネルと、精密な城郭模型です。当時の城郭をイメージするのに、縄張り図と城郭模型はとても重要だと思います。

 

地上にほぼ遺構の残っていない高槻城ですが、遺構の残る城跡とはまた違った見所が随所にありました。目には見えなくとも、そこにお城のあった痕跡を、さまざまに感じる。そういう城跡訪問も、いいものですね。

 

素敵なお城でした。ありがとう。