お城訪問

オッサンがお城を見てはしゃぐブログ

9-2.明石城

明石城に行ってきました。

日本100名城(No.58)に選ばれた、兵庫県明石市にあるお城です。

 

JR明石駅から見る明石城の顔、全国的にも貴重なふたつの現存三重櫓です。

駅の北口から出て、明石公園の正面入口へ向かいます。

正面入口右手の土橋と門の石垣です。

よく見ると、門の石垣の東にも水面近くには石垣があります。

入口にある明石公園の石碑は、松の木にハグされています。

明石公園の正面入口であり、明石城三の丸へと入る門跡でもあります。石垣による見事な枡形が残っている…のですが、この日は菊花展覧会が開催されており、テントで正面奥に見えるはずの石垣が隠れてしまっていました。

入口左右の石垣には現在、石灯籠が載っていますが、当時はここに門が建っていたのでしょう。

明石公園の案内板の背後には立派な石垣。そしてその隣には雁木(石段)が低い石垣の上から南・東方向にそれぞれ伸びています。雁木の役割や、当時このあたりにあった建造物が気になるところです。

 

いったん引き返し、お堀沿いを東へ歩きます。

石垣と噴水のコラボレーションです。奥に見える石垣が三の丸の南東隅です。

明石城にはこの外側にも堀があったらしく、ここは中堀にあたるようです。

三の丸の東入口が見えてきました。

こちらも見事な枡形ですが…どこにどの向きで門が建っていたのでしょうか。うーむ。

前の写真で左に見える石垣の脇には石段があります。ごみは持ちカエル。

 

先ほど入りかけた正面入口の方まで戻ります。

武蔵の庭園です。明石城には宮本武蔵が作った庭園がお城の北西部、稲荷曲輪の西側あたりにあったらしく、それを三の丸に再現した庭園だそうです。

庭園内には茶屋があります。坤櫓と一緒に撮影すればかなりEDO気分ではないでしょうか。でも左のパラソルがちょっぴり余計かもしれません。

正面入口を入って左手にある「とき打ち太鼓」です。なにやらロボな雰囲気のSAMURAIが太鼓で時刻を知らせてくれるようです。正面入口の門は「太鼓門」という名称だったようなので、かつては実際に太鼓櫓があったのかもしれません。

正面入口の右手にあるサービスセンターです。100名城スタンプはここで押せます。

 

三の丸東入口付近まで戻ります。

三の丸の東端には、かなりの高さで土塁が続いています。

このあたりは帯曲輪の石垣のようです。

いかにも古そうな石段の奥に、新たに作ったと思われる整った石段が見えます。

奥の石段を上ります。

石段の上、帯曲輪の西方向を撮影しています。

帯曲輪から見た東の丸の石垣です。高い!

石段の上、帯曲輪の東方向を撮影しています。

こちらの坂を上ります。

ここにも石段があります。

石垣の高い壁に囲まれたこの景色! 石垣フェチの明石城超おすすめポイントです。

坂を上りきったところです。左が東の丸、右は出口(門跡)です。

右手にも石段が。明石城の石垣、やたら石段が多いような気がします。

こちらは右へ進んだところ、城外へと通じる虎口です。

外側からです。枡形虎口となっています。

前の写真の手前左側には箱堀があります…が、草木が茂りまくって全然見えません。

ここにも用途不明な雁木らしき石積みが。

 

東の丸へ入ります。

東の丸内部です。単なる公園になっています。「東の丸」という表記も見当たらなかったような…?

東の丸の北側虎口です。

虎口を進んだところの石段を上ってみます。

きれいな枡形が見て取れます。

外側は、高石垣の壁です。

北側虎口を出ると、東に薬研堀が…って逆光まぶしすぎです。

改めて、薬研堀です。当時はもっと北まで伸びていたようです。

 

北側虎口を出たところの道を歩きます。

すぐに、石垣や雁木だったような石の残骸と、その奥に石垣が見えます。

虎口のようです。北の丸へと通じる仕切門の跡でしょうか。

この虎口を抜け、北の丸には行かず、桜堀へと下りていきます。

東の丸~二の丸の高石垣に見とれてしまいます。

左が二の丸、右が本丸です。右の男性と比べれば、石垣の高さが分かるでしょうか。

本丸北東隅の石垣です。この上にはかつて、艮櫓が建っていました。

当時、二の丸と本丸の北側からは入れなかったようですが、今はこのように、石段が設置されています。

石段の途中から二の丸石垣を見ます。隅が高くなっており、いかにも櫓が建っていそうな形状ですが、絵図などを見ても、ここには櫓はなかったようです。むむむ。

後付け石段を上ったところです。正面と左の石垣を見れば、後世の改変だとよく分かります。

 

東の丸に戻ります。

東の丸南東隅です。櫓が建っていたようで、石段と、高くなった石垣が見えます。

石垣の向こうが二の丸ですが、当時この石垣はつながっており、ここから二の丸へは行けなかったようです。

先ほどの場所の北側に、このような虎口があります。当時はここに東の丸と二の丸をつなぐ門があり、北と南の端にはそれぞれ櫓が建っていたようです。

二の丸も、東の丸と同じく、単なる公園となっています。

二の丸にはこのような案内板がありましたが、明石公園としての現在地を示しているだけで、二の丸についての説明は見当たりませんでした。

この通路を渡ると、本丸です。

本丸入口の虎口です。当時は立派な門が建っていたのでしょうか。

虎口のすぐ南に、巽櫓が見えます。

櫓内部が公開中でした。少し時間が早かったけれど、係員の方が入れてくれました。

そして100名城スタンプをここで押させてもらえました。

明石城の古絵図と、十二支による時刻・方位図、そして手書きテイストな明石城絵図です。

巽櫓です。本丸側には窓がなく、のっぺりしています。

古い柱や梁、急な階段が見えます。修理前に使用していた部材が展示してあるようです。

係員の方に教えていただいたおすすめポイントからの撮影です。櫓の中からしか見られない外側の石垣と土塀、そして坤櫓! これは絶景!

本丸もやはり、単なる公園です。かつては多くの城のように、御殿などが建っていたのでしょうか。

ここでようやく、城跡に関する説明板を見つけました。艮櫓跡です。

艮櫓の説明板がもうひとつ。なんと、学校建築用材として解体されたそうです。もったいない!

そしてこちらが乾櫓跡…のはずですが、何故かこちらには説明書きはナシ。うーん?

石段から、櫓台に上ります。

乾櫓台です。南方向に石垣が続いています。

南に伸びる石垣を歩いていると、途中に石段がありました。

さらに石垣の上を歩くと、天守台に到着です。

天守台から見下ろした坤櫓と、その下の石垣です。この高低差!

天守台脇の石段を下ります。

この立派な天守台に、もし天守が建てられていたとしたら。それはきっと、このそびえ立つ大木よりも大きな、美しく見事な天守だったことでしょう。

坤櫓です。こちらは内側にも窓があります。唐破風の上の千鳥破風がチャームポイントです。

この日は巽櫓のみ公開中でしたが、ツアーか何かの人たちが内部観覧をしていました。

北側虎口から、本丸を出ます。

長い坂を下りたところに、このような虎口?があります。

こちらは前の写真の右奥に見えている石垣です。

そしてこちらの右手石垣がふたつ前の写真の左手前に見えている石垣。だいぶ距離が空いているので、それぞれ別々の虎口のものでしょうか。(撤去された石垣があるのかも?)

正面に見える道を進み、稲荷曲輪へ入ります。

石垣の手前に、少し背の低い石垣があります。

ここの石垣は、石がとても綺麗に加工されています。

稲荷曲輪です。やはり、単なる公園です。

この南西隅にも、隅櫓が建っていたようです。

稲荷曲輪と本丸の間にある虎口です。

坤櫓の手前にも、背の低い石垣があります。

こちらは稲荷曲輪の石垣です。手前に犬走りのようなスペースがあります。

そびえ立つ櫓、どっしり広がる石垣。この角度から見上げるの、たまらんです。

ここにも背の低い、まるで後から継ぎ足したかのような石垣が。補強のためでしょうか。

巽櫓も見上げます。漆喰の剥がれが痛々しいですね…。

こちらは二の丸に通じる石段です。

石垣の隅が美しい勾配を描いています。

石段は二の丸から帯曲輪、そしてその下の三の丸までつながっています。

 

三の丸を西へ歩きます。

公園の西入口、三の丸西側の虎口にも立派な枡形が残っています。枡形石垣を壊さずに道路の方を曲げてあるのが良いですね。

西側虎口から外へ出ます。

お堀と石垣さえあれば、もうそれだけで城跡感がすごく出ますよね。

広いお堀です。右手には、移築長屋門が見えます。

 

締めくくりは、現存櫓です。

三の丸からズーム撮影した、巽櫓です。

同じくズーム撮影した坤櫓です。こちらは角度を変えて2枚。

一見同じように見えて、細部が異なり、さらには建っている向きも90度違うという、ふたつの三重櫓。よくぞ今まで、残っていてくれました。

 

2回目の訪問は縄張りを意識しながら広い範囲を見て回り、おおよその構造がつかめたこと、広範囲に石垣が残っているのが分かったことが大きな収穫でした。東西に連なる本丸~二の丸~東の丸の高石垣は実に素晴らしいです。

ただ、城郭遺構に対する説明があまりに乏しく、城郭ファンとしては寂しさを感じてしまいます。「ここに何があった」のかを一言書いてくれるだけで、当時のお城を想像しやすくなるかと思います。

日本100名城スタンプラリー、こちらで12城目となります。

 

素敵なお城でした。ありがとう。

37.佐倉城

佐倉城に行ってきました。

日本100名城(No.20)に選ばれた、千葉県佐倉市にあるお城です。

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やってきました、11万石の城下町。JR佐倉駅前にて、お城風の看板が出迎えてくれます。

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少し歩くと、昔の城内絵図を使った案内板があります。薬師坂です。案内板のサブタイトルに「~佐倉の坂~」とありますが…もしかして、坂道がたくさんあるのでしょうか。体力面で不安がよぎります。

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なにしろこの薬師坂がすでにかなりの急坂です。ヒィフゥ言いながら上ります。

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薬師坂を上ると、旧武家町です。左手方向に進むと、武家屋敷群があるようです。

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武家屋敷通りに入ると、土塁と生垣が立ち並ぶ光景に目を見張ります。

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武家屋敷通りの説明よりも「房総の魅力500選」のタイトルに目を見張ります。500の名所を選抜して、このような説明プレートを500箇所に設置したってことですよね…お疲れ様です。

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こちら入れるようなのでお邪魔します。土塁と生垣が立派な、旧河原家住宅です。

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お屋敷も大きく、立派です。

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裏手にお風呂があります。

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ほかにも入れるお屋敷があるようなので、そちらにもお邪魔します。

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旧但馬家住宅です。3軒ある武家屋敷のうち、こちらは当初からこの場所に建っていたようで、ほか2軒は移築だそうです。

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そしてこちらが旧武居家住宅です。

 

武家屋敷を堪能したところで、お城へ向かいます。

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出ました、佐倉の坂シリーズ第2弾です。下り坂で助かりました。細く、昔を感じられる道です。

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藩校・成徳書院跡の碑です。現在このあたりには市民体育館が建っています。

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大手門跡です。古写真を見ると、巨大な櫓門だったようです。

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城址公園センターの案内です。写真左手の広場には、三の丸御殿があったようです。

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城址公園センターは、お城風のカラーリングです。100名城スタンプはこちらで押します。

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センター内には、本丸模型の展示があります。本丸内には門がふたつと櫓がふたつ、天守と、御殿があったようです。

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センター内には本丸模型だけでなく、壁には門や櫓の古写真が、そして1/20の天守模型もあります。天守は、最上部以外には破風のないシンプルな外観だったようです。

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城址公園入口にある案内板は、左が当時の絵図、右が現在の案内図となっており、当時の縄張りと比較しやすくなっています。

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入口すぐにある空堀です。堀底まではかなりの高低差があり、これはすごいなーと唸りながら撮影したのですが…写真ではあまりすごさが伝わらないように思ってしまいます。

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城址公園の看板手前から道が右へ分岐していますが、当時は、この先の三の門までは左右を空堀に囲まれた一本道だったようです。

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三の丸への入口、三の門跡です。あれ? さっきの三の丸御殿跡って門外にあったような…。そしてこの案内板、左の古絵図と右の地図の向きが何故か違う…。まあ、細かいことはいいですか。

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三の門を抜けてすぐにある、浅間神社跡です。ほほう、富士山が見える、と。それではちょっと見てきましょうか。

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見えませんでした。まあ、そんな気はしていましたが。

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三の丸を奥へ進むと、銅像に挟まれた道が見えます。右側の銅像は、佐倉藩主だった堀田正睦公です。

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銅像の間を通り、空堀にかかる土橋を渡った先にあるのが、二の丸への入口、二の門跡です。門の先には鍵型に右へ曲がる土塁があり、枡形虎口のようになっています。ここの案内板も、古絵図と現地図とで向きが違います…揃えた方が理解しやすいと思うのですが。

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二の門跡を抜けると、道が土塁に沿って右へカーブしています。

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二の門を右へ進んだ先にある、二の丸御殿跡です。江戸後期には老朽化したため、城主は三の丸御殿に移り住んだようです。

 

三の丸、二の丸ときたら、次はもちろん…本丸です。

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この土橋の先が、本丸です。

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一の門跡です。この案内板は古絵図と地図の向きが揃っています。

門跡にある石積み?石囲い?が当時のものなのか分かりませんが、これのおかげで、これまでの門跡より想像しやすくなっています。

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本丸内より、一の門跡を見て、かつての門を想像します。…って、この写真だと一の門の下半分しか写ってませんよね多分。「エア写真」も構図が重要です。反省。

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土塁です。この高さ、さすが本丸の土塁です!

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一の門跡から見る本丸全景です。高い土塁にぐるり囲まれた本丸の中心には本丸御殿が建っていたようです。写真奥には、特徴的な天守台が見えます。

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一の門跡を抜けてすぐ右手、北側から土塁へ上がることができます。この石段が当時のものかどうかは不明ですが、当時も土塁へ上るための道は設けられていたのではないかと思います。

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土塁の上を歩きます。

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よく見ると、瓦片が埋もれているような…?

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このあたり、礎石のような石の列があります。奥に見えるのは、銅櫓跡です。

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銅櫓跡です。銅瓦葺だったんですね。本丸御殿とは廊下でつながっていたようです。

 

さらに土塁上を歩き、天守台へ向かいます。

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天守台です…って、え?これが?この生垣に囲まれた、斜面を含むスペースが、天守台?どゆこと???

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へええ、土塁の段差上に天守を建てていたんですね! それで内側からは4階に、外側からは3階建てに見える、と!これは面白い!

ていうか、城址公園センターの模型でちゃんと再現されていたんですね…全然気付いてませんでした。

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案内板にある石碑というのが、これです。言われてみれば確かに…段差のついた台上に立ってるけど…ちょっと、わかりにくい、かも?

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石碑横にある、本丸家形配置図です。銅櫓が廊下で御殿とつながっているのが分かります。

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本丸の東にある角櫓跡です。三階櫓だったようです。

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台所門跡です。本丸もうひとつの門で、当初は大きな櫓門だったようです。

 

台所門跡から本丸を出ます。

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南側の出丸へ向かいます。

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南側の出丸です。周囲を土塁に囲まれており、けっこうな広さがあります。

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出丸の外側は水堀です。西側には当時、清水門があり、ここから城外に出ることもできたようです。

 

南側出丸から、本丸南側の帯曲輪へと歩きます。

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帯曲輪から、門が見えます。

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佐倉城では貴重な、おそらく城内で唯一の現存建造物、薬医門です。

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そして現在この薬医門が建っているのが、西側の出丸です。周囲はこのように門より高い土塁で囲われ、非常に堅固な曲輪です。

 

ふたつの出丸を回ったところで、北側の曲輪へ向かいます。

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きました!佐倉城の見逃せない大きな見所、復元された三の丸北側の馬出と空濠です!

いやーどうでしょうかこのド迫力!濠の深さ!当時はこの倍近くの深さだったというのがさらに驚きです。こんなの、攻め手は濠を迂回して馬出から進入せざるを得ませんよね。ていうか、一番の見所の写真が2枚しかないのってどういうことなんでしょうね。タイムスリップして訪問時の自分にしこたま説教したいですね。

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あ、写真もう1枚だけありました。馬出の内側です。でも空濠をもっと撮るべきだったよなあ…。

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そして、馬出と三の丸との間にあったのが椎木門です。

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馬出の北側に広がる、椎木曲輪跡です。現在は国立歴史民俗博物館が建っています。

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椎木曲輪のさらに北側には、円勝寺と愛宕神社があったようです。

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姥ヶ池方面へ下りる道ですが、今回は行きませんでした。

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奥の方(二の丸北側あたり?)にひっそりと「佐倉城の礎石」が並べてあります。どこの礎石か、何の礎石なのかは不明です。門や櫓の礎石なんかもありそうですね。

城内はここまでです。

 

帰りは、行きと違う道を通ります。

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くらやみ坂です。この坂を上ると、武家屋敷通りの真ん中あたりに出ます。

 

城下の武家屋敷、空堀・土塁の高低差、土塁に乗り上げた天守台、復元された馬出などなど、見所は実にたくさんあります。建物はほぼ残っていませんが、そこにあったであろう塀を、門を、櫓を、想像しながら歩けば、壮大な在りし日の佐倉城がきっと浮かんでくるはずです。

それにしても、見所を写真に収めるのが下手だなあと、こうして見返すと痛感します。縄張りをしっかり把握した上で、地形の変化が目に見えるポイントをおさえながら撮影することが土の城では重要なのだと、肝に銘じます。

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日本100名城スタンプラリー、こちらで5城目となります。

 

素敵なお城でした。ありがとう。

36.妙顕寺城

妙顕寺城に行ってきました。京都府京都市にあったお城です。

豊臣秀吉聚楽第を建てるまで政庁としていた城だそうですが、現在遺構などは残っていないようです。場所は、二条城のすぐ東にあります。

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城跡碑と、説明板です。

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城址には現在、西福寺というお寺が建っています。

 

独立した記事にするか悩みましたが、かつてそこにお城があり、その城があった地を訪れたのは紛れもない事実なので、ひとつの訪問記録として、ここに残します。

 

きっと素敵なお城があったのでしょう。ありがとう。

19-2.二条城

二条城に行ってきました。

日本100名城(No.53)に選ばれた、京都府京都市にあるお城です。

 

今年二度目の訪問は、100名城スタンプが目的ですが、前回見ていない所を回りたいというのもあります。台風の被害も、気になります。

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東大手門手前の土橋より、左右の堀を見ます。

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東大手門です。観光客が多く、なかなか人が途切れるタイミングが無いため、良いアングルかつ無人状態での撮影が困難です。とはいえ、もうちょっとどうにかならんかったのでしょうか、この写真…。

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門の全景を撮影しようとすれば、どうしても観光客が写り込んでしまうんですよね。

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東大手門の説明板です。天皇行幸にあわせて二階櫓を取ったり載せたりしたようです。大変ですね。

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前回の訪問では、門脇の雁木やその横の塀には全然気付いてなかったように思います。

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二条城が指定された文化財です。って多すぎでしょ!さすがです。

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番所の説明です。東大手門より、他の門が番所の数は多かったみたいです。

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番所の内部です。うーん、この写真もイマイチですね…ただ空いた扉から中を撮影しただけで、建物の構造も全然分からないし、情報量が少なすぎます。納得いかない。

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無料休憩所です。長屋風の意匠が城跡の景観に馴染んでおり、良いですね。

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100名城スタンプは、無料休憩所にあります。

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二の丸御殿です。

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本当に緻密で、美しい彫刻です。

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台風により、菊紋の飾り金具が落下しています。

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いつ見てもゴージャスな唐門です。

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東南隅櫓です。

台風被害の影響で立ち入りが制限されていたため、城内はここまでです。

 

外堀沿いを歩きます。

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冷然院跡です。平安時代に、天皇離宮があったようです。

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冷然院跡の碑があるのは、二の丸北東隅付近です。

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北大手門です。ここからは入れませんが、門扉が開いています。

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二の丸北東隅付近から見た、二の丸石垣と外堀です。

 

外堀から道路を渡ってすぐ東の、堀川沿いを歩きます。

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なんと、ここにも二条城の石垣が! これは知りませんでした。しかも刻印石が多数あるようです。

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た、確かに「是ヨリ北紀州」と書いてあるような気が…します…。

 

ただスタンプを押すためだけの駆け足訪問なのが雑な写真にも表れており、反省しきりです。台風被害からの復旧を確認するためにも、自分が納得いく写真を撮るためにも、是非また訪問するぞと心に誓います。

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日本100名城スタンプラリー、こちらで4城目となります。

 

素敵なお城でした。ありがとう。

29-2.尼崎城

尼崎城に行ってきました。兵庫県尼崎市にあったお城です。

 

まずは、前回訪問から約2ヶ月後、2018年8月18日に撮影した写真がこちらです。

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三階から上が顔を出しており、遠目にもお城だと分かるようになりましたが、下半分は覆われたままで、まだまだ工事中という印象です。

 

そして、こちらが今回訪問時の写真です。

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覆いが取れ、ついに全容が明らかになりました! これは…どこから見てもお城です!

逸る気持ちを抑えながら、阪神尼崎駅を出ます。

 

まずは、現在見ることのできるお城の痕跡や、関連展示などを見て回ります。

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城下町建設当初からほぼ旧状を留めているという寺町の案内板です…って、何故ナナメに撮影したんでしょうか…見づらいですね。(後から思い返すと、前に車が止まっていたような気がしてきました)

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別の案内板はちゃんと正面から撮影していました。傷みがありますが、なんとか読めます。お城の位置は、これより東になります。

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寺町の地名は今も残り、このようにお寺が建ち並んでおります。

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尼崎城とは直接関係ないのですが、佐々成政公の墓碑が法園寺にあります。合掌。

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こちらは本興寺です。かつて尼崎城本丸の場所に建っていたのを、尼崎城築城に際して現在地に移転したそうです。

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お城のブログでお寺ばかり紹介するのはどうかと思うのですが、あまりに立派だったので…。個人的には写真中央の建物が好きなんですが、左の半分切れてる「開山堂」は国指定重要文化財だそうです。

 

寺町はこのくらいにして、次に尼信会館へ向かいます。

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ここ尼信会館では、常設展示として、尼崎城に関する展示があります。

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城下町の絵図です。中央やや右がお城、左の赤く塗られたエリアが寺町です。

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江戸時代の縄張りと昭和中期頃の街並みの比較図です。

建設中の再建天守は、当時の天守があった場所ではなく、現在城址公園がある西三の丸北方に建設中です。諸事情あるのでしょうが…せめて建っていた場所は正確に再現してほしかったと、残念に思ってしまいます。

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そして…これです! 尼信会館の展示で一番見たかった、この超精密で美しい城郭模型! ああなんて素晴らしい…いつまでも眺めていられます。ただ、実際の城跡にはほぼ一切縄張りの痕跡が残っていないため、模型との比較対象がないのは残念です。

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この模型を見るに、建設中の天守は、外観はほぼ忠実に復元されているように思えますが、何故か左右のデザインが反転されてしまっているようです…どうして…。

 

それでは、お城のあったエリアへ向かいます。

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開明橋です。当時ここに橋はなく、もっと北に不明門へとつながる橋が架かっていたようですが…。

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この開明橋の欄干、よく見ると尼崎城の縄張りがデザインされています!これは素敵!

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開明橋を渡ってすぐの所、西三の丸跡にある櫻井神社です。江戸中期頃以降の歴代藩主・櫻井氏を祀ってあるそうです。

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櫻井神社の境内に展示されている、天守の棟瓦です。瓦に彫られた九曜紋は、尼崎城を築城した戸田氏鉄公の家紋です。

 

本丸跡へ向かいます。

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小学校前に立つ、年代を感じさせる城址碑と、説明板です。このあたりに四角堀や伏見門があったということは、本丸のすぐ南側のエリアにあたるようです。

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そして本丸の跡地に建つ小学校のグラウンドには、尼崎城の本丸模型があります。天守だけでなく、隅櫓まで!

 

小学校の北側へ移動します。

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三の丸公園のある場所は、当時の二の丸北側あたりではないかと思われます…。

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そして、三の丸公園の向かいに建つのが、尼崎市文化財収蔵庫です。学校の跡地をそのまま利用しているようです。

この場所、先ほどグラウンドに模型がある小学校のすぐ北なんですね。ということは…。

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そう、収蔵庫のあるここがまさに、天守が建っていた場所なのです! 

学校やら神社やらが建っていればまだ諦めもつくのですが…市立の文化財収蔵庫なら!市が所有している土地なら!ここに天守を再建することは十分可能だったんじゃないでしょうか!

…すいません、取り乱してしまいました。でも、せっかく天守が再建できるというのに、この場所に建てられなかったことが、本当に、本当に残念でならないんです…。

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収蔵庫には、尼崎城に関する展示も多くあります。

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本丸の精密模型です。尼信会館の模型と違って本丸だけをクローズアップしているので、巨大でリアルです。これもいつまでも眺めていられます。

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こちらは城下町全域を復元した模型です。すごい!

 

位置と形状の不正確さには不満があるものの、遺構がほぼ無かったお城に、こうして実物大の天守が建てられることは素晴らしいことだと、心からそう思います。だって、「昔ここはお城でした」という看板だけがあるのと、ほぼ当時と同じ見た目の建物が建っているのとでは、全然印象が違うものですから。

 

それでは終わりに、建設中の天守写真をまとめておきます。

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建物の外観はほぼ完成しているように見えます。一階がまだ白くないですけど。

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石垣もまだですね。

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西側の石垣・石段も形が見えてきました。

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こちらはまだこれから手が入っていきそうです。

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石垣と、塀と、天守。良いですね。

 

素敵なお城の完成を、楽しみにしています。

ありがとう。